井上雅彦編の伝説のアンソロジー《異形コレクション》の傑作選に思わず涙!

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『涙の招待席 異形コレクション傑作選』(井上雅彦編/光文社)

 あの伝説のアンソロジー《異形コレクション》シリーズの再始動を告げる、『涙の招待席 異形コレクション傑作選』(井上雅彦編/光文社)が10月20日発売された。

 20世紀末から今世紀初頭にかけて、多くの傑作・名作を世に送り出してきた同シリーズ。2011年に発売されたショートショート集『物語のルミナリエ 異形コレクション48』を最後に新作のリリースが途絶えていたが、このほど「傑作選」という新しいスタイルで読者の前に帰ってきてくれた。新しい《異形コレクション》はもう読めないのか……と寂しく感じていた往年のファンとしては、大いに喜ばしいニュースだ。

 本書を手にとってまず驚いたのは、その薄さである。かつての《異形コレクション》といえば、小箱のような分厚さが特色のひとつで、600ページを超えることはざら、700ページに迫ることさえあった。それに比べて『涙の招待席』は300ページ弱。カバーデザインも以前よりぐっとソフトで優しい雰囲気に仕上がっている。おそらくそこには、初めての読者にも手に取りやすいように、という編者・井上雅彦の配慮がこめられているのだろう。とはいえその内容は決して薄くはない。いや、むしろ「傑作選」という性質上、ぐっと濃いものになっているのだ。

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 そもそも《異形コレクション》とは、作家の井上雅彦が1997年から編纂してきたオリジナル(=書き下ろし)・アンソロジーの総称である。これまで全48巻が刊行されており、参加した作家は250名、掲載作品数は1000作をゆうに超えるという大シリーズである。書き下ろし形式のアンソロジーは海外が本場だが、ここまで規模が大きいものはおそらく類例がないだろう。ホラーを中心に、ファンタジー、SF、ミステリーと各ジャンルの実力派作家が集い、毎回腕によりをかけた短編を発表するさまは、さながら活字の闘技場。小説好きにとってそれがどんなに心躍る光景であったか、想像してみていただきたい。

 このほど刊行された『涙の招待席』は、その膨大な掲載作品から、読者の涙腺を刺激するストーリーを10編選び出したものだ。胸を締めつける切なさでこぼれる涙、愛情とともにあふれる涙、恐怖とともに静かに流れる涙――。さまざまなタイプの涙が描かれている。個人的に印象に残ったのは、大人びた少女と言葉を話す“石”のひそやかな友情を描いた森奈津子「語る石」。都会の病室に現れる雪女の恐怖と魅惑を、孤独な青年の目を通して描いた加門七海「雪」。マンガ界の巨匠・萩尾望都が《異形コレクション》のために書き下ろした傑作ゴーストストーリー「帰ってくる子」あたり。

 他にも速瀬れい、梶尾真治、草上仁、久美沙織、倉阪鬼一郎、傳田光洋、斎藤肇という多彩な顔ぶれによる、極上の感動作が掲載されている。あなたの琴線に触れるのは、はたしてどの「涙」だろうか? 国産ホラー豊穣の時代に生まれた珠玉の短編群を、ぜひじっくりと味わってみてほしい。

 長い歴史を誇る《異形コレクション》には、まだまだ知られざる傑作が多く眠っている。そこには背筋が凍るほど恐ろしいホラーもあれば、読者を白日夢に誘うファンタジーもある。幻想的で美しい愛の物語もある。この「傑作選」の試みが好評を博し、シリーズ化されてゆくことを祈りたい。 

文=朝宮運河