孤独をこじらせた少年が、掘り起こしたのは死にかけの美女!? 『とらドラ!』作者の最新刊『あしたはひとりにしてくれ』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/11

『あしたはひとりにしてくれ(文春文庫)』(竹宮ゆゆこ/文藝春秋)

 満ち足りた幸せに身を置いている自分に気がついたとき、うわあああああ!と叫んですべてをぶち壊したくなるような衝動って案外、持っている人は多いんじゃないだろうか。もちろんなんの疑問ももたず、幸せのインフレを心ゆくまま享受できる人もいるだろうが、そうでない人は生来的にさみしがりやで、愛に欲ばりなんだと思う。“孤独をこじらせた少年”である、『あしたはひとりにしてくれ(文春文庫)』(竹宮ゆゆこ/文藝春秋)の主人公・瑛人は、家族と血の繋がりのない養子だという理由はあったが、居場所を守るためにいい子を演じ、その裏で爆発しそうになっている。そんな彼の衝動に共感する読者はきっと多いはずだ。

 養子であることを除けば、瑛人は恵まれた少年だ。ユニークで愛情あふれる両親と、脳筋だけどかわいくてブラコン気味の妹。無職居候だけど瑛人にはやたら甘い親戚の兄貴。優しい家族のもと、進学校に通う優等生。そんな彼を悩ませているのが、ふと感じる“おばけ”の視線だ。その正体は、実の母からもらったくまのぬいぐるみ。顔も知らない母親の愛情を唯一感じられるよすがでありながら、自分が今の家族にとっての異物である証であるそのくまに、じっと見つめられている気がした瑛人は、ずたずたに引き裂いて埋めてしまう。だが今度は、消えたはずの眼に見られている気がしてきてしまい、恐怖がせりあがってくるたびにくまを掘り起こしては再びボロボロにするという奇行に走るはめになる。ところがあるとき、くまのかわりにとんでもないものを掘り起こしてしまうのだ。髪の長い、美しい、死にかけの女。アイスと名乗るその女を拾ったことで、瑛人の孤独は少しずつひび割れていく。素性のわからない女に、瑛人は執着する。なにか面倒に巻き込まれているらしい彼女を放っておけない、というのが建前だけど、アイス自身はそんなことまるで望んでいないし、ただただ、瑛人は彼女を手元に置いておきたいだけだ。その理由は、アイスの謎とともに物語のなかで徐々に明かされていくのだが、それとは別に、なんのしがらみもない赤の他人と触れ合い通じ合うことで満たされていく孤独はあるよなあ、と個人的には思った。アイスが瑛人にとって美しい異性であったこともおそらくは関係ない。大事なのはアイスもまた、誰にも満たすことのできない心の穴を抱えていたということで、理不尽に思える現実に打ちのめされて孤独をこじらせているのは自分だけではないと、瑛人が知ったことなんじゃないだろうか。

 どんなに愛されても、大事にされても、さみしさは消えない。むしろ大事なものが増えていくほど、さみしさが募ることだってある。その想いは瑛人が特別な境遇だから生まれるんじゃなくて、人はみんな、そういう瞬間を抱えながらどうにか生きているのだ。アイスのおかげで、孤独をおそれず「あしたはひとりにしてくれ」と言えるようになった瑛人に、今度は読む人がさみしさを埋めてもらえる。そんなあたたかい作品である。

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文=立花もも