家元Jr.の奮闘に思わずほろり…茶道・剣道・弓道の道を極めようとする青年の青春を描いた「粗茶一服」シリーズ最新刊発売!
更新日:2017/11/28
道を極めるというのは、幾多の困難があるのだろう。しかし、ひとつずつ物を学んで行く過程ほど、高揚させられるものはない。松村栄子氏の「粗茶一服」シリーズ(ポプラ社)は、青年茶人が茶の湯に挑む大傑作青春エンターテインメント。剣道・弓道・茶道。茶道を中心に3つの道を極める必要がある弱小「武家茶道」家元のJr・友衛遊馬の成長をたくみに描き出したこの小説は、曲者ぞろいの茶人武人と関わり合いながら自分の進路を決めるべく奮闘する遊馬の姿に、思わずほろりとくるあたたかい物語だ。
茶道だけでも十分な小説のテーマだが、遊馬の家は「武家茶道」の家元。だからこそ、茶道と剣道、弓道のつながりが見えてくるし、「武家茶道」の面白さ、難しさも伝わってくる。たとえ茶道とは無縁の生活を送ってきた人でも、あらゆる角度から楽しむことができる贅沢なシリーズだ。
時は現代。弱小武家茶道「坂東巴流」家元の息子・友衛遊馬は、いずれは家元になるはずだが、後継になる気が起きないでいた。18歳のある日、遊馬は「これからは自分らしく生きることにした」と言い捨て、ふらりと家出する。京都も茶道も大嫌い。そう思っていたはずなのに、なぜか遊馬は、「坂東巴流」の本家筋にあたる京都「宗家巴流」の門人の家に寄宿することになってしまった。京都での生活の中でようやく茶の湯に目覚めた遊馬は、比叡山延暦寺の一山・天鏡院での修行を経て、東京へと戻ってくるのだった。
最新刊『花のお江戸で粗茶一服』では、家出先の京都から帰還した遊馬の姿を描き出している。自らの流派「坂東巴流」を学ぶために戻ってきた遊馬は、父親から食い扶持を探してこいと言われてしまう。「坂東巴流」は、家元でさえ副業しなければ家族を養えない貧乏流派。「坂東巴流」は、家業ではあるが、「稼業」ではないのだと父親はいう。仕方がなく、遊馬は、稽古の合間を縫って、建造が始まったスカイツリーの警備員に収まるが、周囲からは「あそこの跡継ぎはダメだ」と後ろ指を指され続ける。
最新刊では、ついに、遊馬に茶道の弟子ができる。真面目で優秀なガールフレンド・佐保。遊馬の不在中に入門したセルビア人・ミラン・トマシェビッチ。華道・水川流の当代の家元の娘で、初対面では、ヤンキーかヤマンバかという格好で現れ皆を仰天された女子高生・水川珠樹。和歌山から上京し、遊馬の弟子になることを望む伊織。どの登場人物も個性的でなんと愛らしいことだろう。
とはいえ、一番、愛すべきキャラクターは主人公の遊馬かもしれない。前巻まで散々ふらふらしていた遊馬だが、東京に帰ってきても、家元を継ぐ覚悟はつかず、遊馬は自分の進むべき道をぐるぐると探しつづける。世間知らずで優柔不断。髪に青色のメッシュを入れて弓道の昇段試験に望むという無謀なことをやり続けるような頑固さはあるが、芯はまっすぐ。なんだかんだ育ちの良さを感じさせる遊馬のキャラクターに親近感を抱かない人はいないだろう。1巻から彼を見続けている人たちは、京都への出奔によって彼がどれだけ成長したのかをひしひしと感じるに違いない。
佐保との恋の行方も気になるところだ。前巻では、遊馬は、「時が来たら、自分から佐保のところへ行く」と彼女に告げていたはずだが、佐保は、時が満ちるのを待たずして、京都の実家を出、遊馬の家に押しかけてきた。そして、遊馬の知らぬ間に「坂東巴流」の内弟子におさまり、誰にも負けないくらい稽古に励んでいるが、家族の監視下に置かれた恋の行方はどうなることだろう。
「遊馬さんは家元になりたいんやなくて、お家元以外のものになりたくないんやないでしょうか」
冴えない日々の中、曲者ぞろいの茶人武人にやりこめられながら、遊馬は自分の進むべき道を探しつづける。「粗茶一服」シリーズは、明日が見えないあなたに贈りたい笑えて泣けて元気になれる物語だ。ふらふらと、でも前向きに毎日を生きる遊馬の姿に、あなたも勇気づけられるに違いない。
文=アサトーミナミ
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