東日本大震災、原発問題、そして自身のガン闘病――激動の7年間に坂本龍一が発した言葉たち『龍一語彙』

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2017/11/16

『龍一語彙 二〇一一年 — 二〇一七年』(坂本龍一/ KADOKAWA)

 先日終了した東京国際映画祭2017で、「比類なき感性で“サムライ”のごとく、常に時代を斬り開く革新的な映画を世界へ発信し続けてきた映画人の功績をたたえる」というSAMURAI賞を、音楽家の坂本龍一さんが受賞した。出演と音楽を担当したベルナルド・ベルトルッチ監督の『ラストエンペラー』(1988)でアカデミー作曲賞やグラミー賞など多くの賞を受賞するなど、これまで数多くの映画音楽を手がけてきた「世界のサカモト」に対し、日本の映画界があらためて敬意を表したといえるだろう。

 あわせて同映画際では、2012年から5年間、長期間にわたる密着取材によって坂本龍一さんを追ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』が特別招待作品として公開された。撮影中の2014年、坂本さんは中咽頭ガンを発症し療養生活を余儀なくされたため、1年後の復帰で再開された撮影によって、奇しくも映画は「病」をはさんだ坂本さん自身の大きな「気づき」を描くこととなった。全編モノローグで語られる坂本さんの音楽の探求と思索の旅路は、あらためて「坂本龍一」という同時代人の傑出した才能と、「現在地点」の持つ意味を考えさせるものだ。

 うれしいことに、映画とほぼ時を同じくして配信された、電子書籍『龍一語彙 二〇一一年 — 二〇一七年』(坂本龍一/ KADOKAWA)。「坂本龍一」という人物をさらに理解するために格好のテキストだ。静けさ漂う装丁と約500ページものボリュームは、さながら辞書や事典のような手応えだが、実際に内容も坂本龍一版「現代用語の基礎知識」といったもの。2011年から2017年までの7年間に行った雑誌などのインタビューから「語録」として言葉を拾い、ある言葉の意味を「一般的語彙」と「龍一的語彙」で示していくというものだ。

 取り上げられている言葉は300以上。それを「健康」「家族」「アメリカ」「政治」「イデオロギー」「生物・科学」「テクノロジー」「時間」「思考」「芸術」「文学」「スポーツ」「宗教・信仰」「音楽ジャンル」「音楽産業」「YMO」「プロジェクト」など、全部で36のカテゴリーに分類して掲載している。

 言葉が多岐にわたるのでコレというのを示すのが実に難しいが、たとえば昨今の政治状況でキーワードとなる「デモクラシー」という言葉は、以下のように紹介されるのだ。

でもくらしー【デモクラシー】

〈一般的語彙〉民主主義。民主政治。

〈龍一的語彙〉坂本龍一としては、最近の日本の政治は「民主主義=デモクラシー」ではなく、「擬似民主主義」と呼べるようなものではないかと考えている。

〈語録〉「デモクラシー」の語源をたどれば「デモス」(民衆)の「クラシー」(政治を統べる)ということですから、本来なら「民衆が政治をやる」という意味なんですよ。ですが、一億人が寄ってたかってワーワー言っても収拾がつかないので代表制ということになっているわけです。それは現実的にそうせざるを得ないからというあくまでも仮の姿であって、民衆一人一人が自分の意見を述べることが本来の民主主義です。だから一人でも十人でも百人でも、意見があれば堂々と言うということは当たり前のことなんです。(『沖縄タイムス』2015年11月24日)113ページより引用

 まるで言葉をバラバラに分解し抽出して、全体を再構成したロングインタビューのようでもあり、どこか坂本さんが実践している音楽手法(自然音を取り込んだピースから音楽を形づくっていく)にも似た実験的試みに思える。

 結果、立ち上がってくるのは2017年現在の「坂本龍一」という実相。アメリカ同時多発テロの影響(注:坂本さんはNY在住。テロも目の前で経験している)、東日本大震災とフクシマ・原発問題、そして自身のガン闘病と、激動の年月の中で紡がれてきた言葉は、実に示唆に富む。

 坂本龍一ファンはもちろん、「坂本龍一」という人物を知りたい人、そして現代社会の抱える様々な「矛盾」を考えたい人———多くの人に刺激的な一冊となることだろう。

文=荒井理恵