虐待する親自身の「困り果てたSOS」…立ち直る力は「孤独」からの脱却にあり

出産・子育て

公開日:2017/11/17

『母親の孤独から回復する 虐待のグループワーク実践に学ぶ』(村上靖彦/講談社選書メチエ)

 虐待は連鎖するといわれる。虐待した親、特に母親の多くは、自身も暴力の被害者であることが多い。だが、ここで虐待する親を「色眼鏡」でみないでほしい。すべての虐待を受けた母親が、自分と同じように子どもに暴力を振るうわけではない。

「(虐待行為を行った)少数の人は、母親になった『今、現在』も困難な状況にいることが多い。貧困やDVといった状況の中で追いつめられることが虐待の要因となる。逆に言うと、安定した環境の中で支えをもっている人には、ほとんどの場合、問題は起きない」

 このように指摘するのは、心理学者の村上靖彦氏だ。

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 世間ではややもすると虐待した親に厳しい視線を浴びせる。そして「負の連鎖」というラベリングを安易にしてしまいがちだ。だがそれは誤りである。虐待してしまう母親には理由がある。

社会のさまざまな問題のひずみが、いちばん弱いポイントである子どものところでついに表面化した現象が虐待であり、しかも虐待行動そのものも、困難な生活の中で親が生き残るために格闘している姿の一部である

 つまり、虐待する親自身の、社会的・経済的・心理的に「困り果てたSOS」が、暴力や心理的虐待という行動として表れてしまうのだという。

 あやまちを犯してしまった母親は、世間から責められ、そして自分をも責める。八方ふさがりなのだ。しかし虐待してしまった母親も生まれ変わることができる。そして子どもとの関係も再構築できる、と村上氏は言う。彼女らは回復

する潜在力を持っているからだ。

 虐待した母親たちは、どうやって虐待から抜け出したのか。その一部始終をまとめた書籍『母親の孤独から回復する 虐待のグループワーク実践に学ぶ』(村上靖彦/講談社選書メチエ)より一部を紹介しよう。

■虐待を誘発する「心理的要因」は克服できる

 村上氏は、虐待する母親たちはあらゆる面で困難を抱えているという。その中でも特に解決しがたいのが、「心理的要因」を抱えている場合だ。

 例えば、児童相談所やケースワーカーに相談すれば、子どもの一時保護、生活保護・就業支援など社会的資源によるサポートを得られるかもしれない。けれど母親が心の奥底に閉じ込めているネガティブな経験は、行政の支援だけでは癒されない。このネガティブな経験は、ときに抑うつ症状として表れたり、またいらだちという感情として噴出したりする。

 この心の傷は、個人でカウンセリングを行ったとしてもなかなか問題解決に到ることがない。しかし村上氏はあるグループワークに着目した。

 虐待する親へ向けられた「MY TREEペアレンツ・プログラム」である。これは、元立命館大学客員教授の森田ゆり氏が開発し、今も各地で行われている。村上氏はそのうちのひとつ「MY TREE西成グループ」に密着し、その目で虐待の渦中にいる親たちが回復する姿を何人も目にしてきたという。

「MY TREE」プログラムは、10人ほどの参加者と3人のファシリテーターによって構成される。半年間にわたって、合計15回のグループセッションや個人面談などを行う。2001年からこれまでに約800人もの修了者がいる。このプログラムを体験した親たちは、単に子どもへの暴力が止まるだけではない。「生き方」の様式が変化するのだという。

■グループなら「生きづらさ」を脱する力が得られる

「生き方」まで変化させる力は、どこにあるのか。それは同じような経験を持つ者同士が「グループ」として一連のトレーニングや語り合いをすることだという。その効果は目を見張るものがある。

衝動的な対人関係が理解可能なコミュニケーションに変わり、…社会の中でどのように住みつくのか、という点で折り合いがつくようになる。…親が変化するときの焦点は、暴力の停止ではない。そうではなく、他の人とのつながりの回復、自分自身との折り合い、社会とのつながりを回復することが、結果として虐待の終止につながる

「社会の中での生きにくさを改善」すること。虐待に追い込まれた母親たちは孤独なのだ。他者や社会と「つながりの回路」ができることこそ問題解決の核のひとつである。また虐待を受けた母親が断絶されているのは、外部だけではない。自分の身体感覚を封じ、感情にフタをしている人は多い。この様々な断絶をつなぎ直す作業がグループワークでは成功する。すると子どもとの関係も修復されるという。

■境遇を分かち合うとケミストリーが生じる

 なぜグループワークが、マンツーマンでカウンセリングしてくれるセラピストにも癒やせなかった傷から立ち直る力を与えることができるのか。

暴力の経験を共有する母親同士が語り合い、聴き合うときに初めて成立する深い触発がある

 今まで誰にも話したことのない経験を口にすることは本当につらい行為だ。けれどもひとりでは、自分のものとして「引き受けることができなかった」ネガティブな出来事が、グループを媒介とすることで、「引き受けられるようになる」のだという。

 それを村上氏は「ホールディング(支え)」と呼ぶ。ホールディングは、誰かひとりに依存するのではなく、グループ10人全員で支えあうこと。この関係性ができたとき、傷ついた人たちは強くなるという。

 生まれて初めて本心やつらい経験を他人に本気で聴いてもらい、複数人から声をかけてもらう経験をする。この体験により自己肯定感の低さが改善し、自殺につながる「希死念慮」が薄らぐ。そして社会関係を再構築するパワーを得る。

 人間には自ずから回復する力を潜在的に持っている。それはひとりより、みんなで刺激しあうとより活性化する。

 虐待は決して許される行為ではない。けれどもその裏には理由がある。そして虐待する親にも回復する潜在力がある。子どもを救うには、母親たちの孤独から抜け出すという発想の転換が必要だ。

文=武藤徉子