アンジェリーナ・ジョリーが受けた乳房切除手術とは…。変わりゆく遺伝性乳がん治療に切り込む、著者渾身の医療ルポ!

健康

2017/11/20

『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』(小倉孝保/文藝春秋)

 2013年5月、女優アンジェリーナ(アンジー)・ジョリーの告白は世界中を驚かせた。彼女は両乳房共に健康にもかかわらず、将来の乳がん発症を避ける目的で予防切除手術を受けたのだ。アンジーの家族の病歴から乳がん・卵巣がんの遺伝性が強く疑われたため、遺伝子検査を受けたところ、乳がんや卵巣がん発症のリスクを高めるBRCA1の検査結果が陽性。可能な限りがんになるリスクを減らし、子供たちを将来悲しませないための決断だったという。

 アンジーの告白をきっかけに、遺伝性乳がんの予防切除に対する世界的関心は高まった。それは遺伝性乳がんや卵巣がんへの対応では欧米よりも20年近く遅れているという日本でも例外ではなく、今日本の医療現場は大きく変わろうとしている。

 『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』(小倉孝保/文藝春秋)は、毎日新聞の外信部長である著者が、遺伝性乳がんの予防切除について多方面への取材を通してまとめたルポルタージュだ。アンジーの告白をきっかけに予防切除に興味を持った小倉孝保氏が当時滞在していたイギリスで調査したところ、イギリスではごく一般的に予防切除が実施されていることがわかったという。

 イギリスの予防切除への関心の高さは、本書で大きく取り上げられている遺伝性乳がんの予防切除のパイオニア、ウェンディ・ワトソンの働きによるところが大きい。彼女はアンジーの20年以上前、遺伝性の乳がんがあることが知られていなかった時代に世界に先駆けて乳房を予防切除した。

 ウェンディの行動力には目を見張るものがある。医師が「がんは遺伝しない」と言い切る時代に、自分の家系図を作って乳がんになった人をピックアップして遺伝の可能性を主張し、世界初の予防切除を行うだけにとどまらず、自分と同じように遺伝性乳がんへの不安を抱える女性のサポートに乗り出す。遺伝子検査、予防切除、乳房再建までを税金で対応できるよう政府を説得し、その環境を整えていく過程は圧巻だ。ぜひ本書を読んで、彼女の闘いの歴史を見届けてほしい。

 一方の日本では、2014年にようやくシリコンでの乳房再建が保険適用されたが、まだ遺伝子検査や予防切除の保険適用は認められていない。そのため、遺伝を疑っていてもなかなか検査に踏み切れないのが現状だ。アンジーの告白を受けて予防切除ができる病院は増えつつあるとはいえ、日本で乳房再建技術を専門にする医師は今でも全国に10人いるかどうかだという。

 日本では「遺伝性」に暗いイメージがつきまといやすいということもあり、遺伝性乳がん治療を取り巻く環境が変化していくスピードはイギリスより遅い可能性がある。ただ、本書を読んで、日本にも数は少ないながら自らの手術体験を実名で発表したり、患者会の活動に積極的に関わったりする人たちがいることを知り、今後の遺伝性乳がん治療の未来に光を見た気がする。

 乳がんにつながる遺伝子を持つ人が実際に乳がんを発症する確率は、50~80%だと言われている。遺伝性乳がんに対する不安を抱えるすべての人が多くの選択肢を持ち、未来に希望を持てるような日本の医療制度の変化を、そして本書がそのきっかけになることを心から願いたい。

文=佐藤結衣