胃袋と好奇心が刺激される、最果タヒの感性さえわたる「食」にまつわるエッセイ『もぐ∞』

文芸・カルチャー

公開日:2017/11/25

『もぐ∞』(最果タヒ/産業編集センター)

 パフェはたべものの天才。大人は温度を食べている。良いサンドイッチはミステリー。目次に並ぶ言葉だけで胃袋と好奇心が刺激される、最果タヒさんの最新エッセイ『もぐ∞』(産業編集センター)。もぐのむげんだいじょう、と読むらしい。つまり無限にもぐもぐもぐもぐしていたいと。くいしんぼうなタイトルだが気持ちはわかる。おいしいものをずっともぐもぐしていられたなら、それは至上の喜びだ。

 食べることが好き、って幸せなことだと思う。べつに美食家である必要なんてない。高級食材もレストランも求めなくていい。ただ、食べることが好き。食べたいものが思い浮かんで、それがちゃんと食べられる。それだけで明日もあさってもその先も、生きていけるような気がするのだ。というわけで食べるのが大好きな身としては、『もぐ∞』には共感しかなかったし、リズミカルで詩のような言葉の羅列は活字好きにはたまらない一冊だった。ついでに名古屋出身の人間としては、たちならぶ食のなかに、コメダ珈琲の小倉ノワール(しかも期間限定メニュー)が加えてもらえていることも嬉しかった。

 本書の魅力を紹介するにあたっていくつか引用してみたい。たとえば始まりの、「パフェはたべものの天才」の章。

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パフェは、何もかもを内包する。甘ければ、なんだってパフェの家族になりうるのだ。甘いものの美しさとは組み合わさっても組み合わさっても、ハーモニーであり続けることなのではないか。パフェ、という概念の中では。

 3行足らずの文章が、これほど芸術的になるものかなと嘆息をついた。パフェは確かに、なんでもありの食べ物だ。ケーキやプリンがのっているアグレッシブなものもあれば、ジャムとフレークの上にソフトクリームのとぐろをひたすら巻いただけの潔いものもある。どちらであろうとパフェはただ、無限に甘い。甘いものをひたすら貪りたい欲望を叶えるパフェは“魔法の食べ物”だと著者はいうが、同時に、たしかに概念でもある。なにを組み合わせ、どんなたたずまいをしているのか。我々はみな、自分だけのパフェという概念をもっているのかもしれない。ちなみに著者は「パフェは自給自足のロマンチック」という章でもまたパフェについて語っていて、25しかない章のうち2つを占めるのだからよほど好きなのだろうと思うが、ただ好きを書き連ねるというだけでなく、そこからたとえば「幸せ」について想いを巡らせているところに本書、というより著者の思索のおもしろさがあらわれている。

ごまかすことより、自分の欲求や嗅覚を四捨五入せずに蓄え続けて、答え続けて、生きる人が大人に見える。それは、未来の大きな幸せには結びつかなくても、毎日のバランスを保つということにきっと関係しているはずだった。(略)美しいパフェを食べることは、ロマンチックをコントロールして、自分の心や体のバランスを正常に保とうとすることに思える。

 甘くておいしいパフェを起点にこんな観念的な文章をどうして導き出せるのだろう。別にむずかしいことなんてひとつも言っていないのだけど、音楽のように重なる言葉に身を委ねているうち、読み手の私たちもまた、食べることから始まる幸せや日常を生きていくことに想いを馳せる。五感の研ぎ澄まされた詩人・最果タヒは、見て聴いて考えるだけでなく、味わうことを通じても世界を映し出そうとする。愛と感性に満ちた本書、ぜひご一読いただきたい。それにしてもああ、パフェがたべたい。

文=立花もも