アメリカのTPP離脱は日本にどう影響する?「豚肉」から見えてくる日本食料事情の危機

社会

公開日:2017/11/28

『侵略する豚』(青沼陽一郎/小学館)

 ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任し、「環太平洋パートナーシップ(TPP)を永久に離脱する」という大統領令に署名したのは今年1月23日のことだ。これにより、事実上TPPの実現は暗礁に乗り上げた。TPPによるGDP増大などのメリットを想定していた日本にも大きな影響があると考えられる。また、TPPに反対したり歩み寄ったり方針が二転三転していた日本政府の優柔不断さも浮き彫りになってしまった。

 しかし、日本の経済事情がアメリカに左右されるのは今に始まったことではない。特に、食料事情に関しては日本とアメリカは密接な結びつきがある。そして、日本を抜き世界2位の経済大国となった中国も食料の輸出入では無視できない。TPPに代表される貿易問題を深く学びたいなら『侵略する豚』(青沼陽一郎/小学館)はおすすめの一冊である。

 本書のオープニングは幕末に起こった「桜田門外の変」である。開く本を間違えたのかと怪訝に思っていると、意外な史実が明らかになる。桜田門外の変は尊皇攘夷派の志士たちが当時の大老・井伊直弼を暗殺した事件として有名だ。実行犯の多くは直弼に弾圧されていた水戸藩出身者だった。しかし、本件の経緯に、直弼と水戸藩で起こった牛肉をめぐる確執があったとは知られていない。直弼が藩主を務めていた彦根藩は代々、牛肉の味噌漬けを水戸藩に献上する慣わしがあった。しかし、直弼の代からは牛の屠畜を中止する。以後、水戸藩と彦根藩の関係は悪化した。江戸時代、すでに食肉の文化はそれほどまでに一部の藩では大きな存在となりつつあった。そして黒船来航をきっかけに諸外国との国交を開始した日本は、瞬く間にアメリカに侵略される。アメリカは新しい輸出先として入念に日本を管理し、自国に都合がいい土壌を作り上げていったのだ。食肉文化の活性化は最たる例だろう。

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 日本に養豚が広がるきっかけになった大きな事件がある。1959年、伊勢湾台風の甚大な被害を受けた山梨県に対し、米空軍司令部の指揮のもと、被災地の援助が計画される。なんと生きた豚をプレゼントして繁殖の土台にしようと考えたのだ。「ホッグ・リフト」と名付けられた前人未到のプロジェクトにより、アイオワ州から山梨県へ40頭(うち生きて日本に着いたのは35頭)の豚が米軍空軍機に乗って運ばれてきた。ホッグ・リフト作戦は日米の絆を示す出来事として絵本にもなった。やがて豚は順調に繁殖し、9年間で35頭は約50万頭にまで増え、山梨県は日本を代表する養豚県として再生した。

 これだけなら美談である。しかし、アメリカはホッグ・リフトの際、豚と一緒に1500トンの飼料トウモロコシを送っていた。実は、アメリカでホッグ・リフトに協力したのは全米トウモロコシ生産者協会であり、養豚業界ではなかった。アイオワ州は過剰生産となっていたトウモロコシの輸出先として日本を見定め、市場を広げようとした。そして、日本では飼料用作物の輸入をアメリカに依存する状況が完成する。現在でも輸入トウモロコシの9割はアメリカ産だ。

 日本を価値ある輸出先として扱ってきたアメリカだが、TPP離脱で大きく関係は変わるかもしれない。事実、トランプ大統領が食料の輸出先として重要視しているのは中国である。中国は土壌汚染により、まともな作物や家畜が育ちにくくなっている。食料の巨大な輸入先の確保は急務だった。世界1位と2位の経済大国が急接近する現在、日本の食料事情はどうなってしまうのか。

 著者は自らアメリカや中国に飛び、取材を行ってきた。全米豚肉生産者協会のロビイストや、習近平国家主席がホームステイしたというアイオワ州の民家、米国食肉輸出連合会の総会など、いずれも貴重な体験ばかりだ。中国ではスパイに間違われて取調べを受けるほどのリスクを冒しながら、著者が辿り着いた食料問題の最新レポートが本書にはある。「結局、アメリカのTPP離脱って何が問題なの?」とピンと来ていない人でも貿易情勢を深く理解できるだろう。

文=石塚就一