総国民が陪審員となったネット社会…一億人が犯人を裁くSFサスペンス

文芸・カルチャー

2017/12/8

『公開法廷 一億人の陪審員』(一田和樹/原書房)

 2016年のアメリカ大統領選は実質上の「情報戦」だったと言われている。真偽はともかく、より国民の共感を得られるような「物語」を提供できた候補者がトランプ現大統領だったのだろう。そして、日本も例外ではない。国民は真実ではなく「美しい物語」を求めて報道を眺めているのではないだろうか。

 SFミステリ『公開法廷 一億人の陪審員』(一田和樹/原書房)は一読すると突拍子もない設定のようにも感じられる。しかし、本書で行われている政策は現在の地続きにあるものばかりである。知らず知らずのうちに我々は「監視社会」に加担するよう仕向けられているのかもしれない。空想の世界を気楽に楽しもうと思ってページを開いた読者も、最後には自分の常識を疑いだすのではないだろうか。

 舞台は近未来の日本。政府は「公開法廷」システムを導入し、刑事裁判について全国民が陪審員として「参加」する義務を制定した。公開裁判ではまず、3人の容疑者が逮捕される。そして、3人の検事と3人の弁護士がそれぞれの担当を割り振られ、インターネットで公開される裁判に挑む。裁判は全国民が閲覧可能であり、3通りの審議が終わった後で陪審員投票が始まる。公開法廷はいたって好評で、国民の新たなエンターテインメントとして台頭していく。

「全国民が犯罪者を裁く」のは一見、公平なシステムのように見える。現実世界でも司法が「国民の声を反映していない」と嘆く人は絶えないが、公開法廷はまさに待望の「国民に開かれた司法制度」だったのだ。

 しかし、大学の博士課程に身を置く麻紀子は公開法廷に違和感を覚えてならない。公開法廷ではポイント制が採用されており、有罪の被告人に投票した陪審員にはポイントが加算される。そして、ポイントがたまると検事として法廷に立つことが許されるのだ。SNS上で絶大な支持を得ている検事、山岡秋声も元々は陪審員出身である。山岡は大量の「クラン(元はオンラインゲーム用語。同一の目的を持つグループの意)」から応援されており、発言の信憑性を問わず一定数の票を集められるスターである。過激な論調で世間をあおり、クランを増やしていく山岡に麻紀子は恐怖を抱くようになる。やがて、公開法廷は司法制度に批判的な態度を取っている団体のメンバーを被告人として招く。公開法廷にはどんな裏があるのか―。

 本作を読むうえで重要な造語がいくつかある。まずはネット時代を象徴する「メタ犯人」だ。Aが犯罪を行いたいとき、自分で手を下さずにネット上に必要な情報だけを流したとする。情報をもとに犯行に及んだBは実行犯に間違いない。しかし、Aは自分の手を汚さずに目的を達成したといえる。Aを指す言葉が「メタ犯人」である。そして、「メタ犯人」にまで捜査範囲を広げだすと、全ての犯罪は容疑者を絞り込むことができない。逆にいうと、検事が容疑者に選びさえすれば、まったく無関係な人間を法廷に立たせられるのが公開法廷なのである。

 山岡のような人気検事は論理的に容疑者を追い詰めたりはしない。国民が好む感情的でセンセーショナルな動機を仕立て上げ、無実の人を犯人に仕立て上げるのだ。正確な真実よりも国民はインパクトのある物語を好む。「ポスト真実」と麻紀子の恩師は口にする。世論を動かすのはドラマティックなポスト真実に他ならない。

 本作の序盤はまるでゲームのように公開裁判を描いていく。しかし、麻紀子の研究が進むと公開裁判が単なる司法制度以上の目的があって推し進められているシステムだと分かってくる。インターネットを利用した情報戦に関する、膨大な引用や出典のほとんどが実際に起こった出来事なのが衝撃だ。中には、日本が攻撃された事例も少なくない。そう、本作で描かれているのは夢物語ではなく現実世界のメタファーなのである。

文=石塚就一