「“勝つため”では子どもは育たない」――ドイツのサッカー教育に学ぶ、子どもが自然に伸びていく指導方法

出産・子育て

2017/12/14

『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする 自主性・向上心・思いやりを育み、子どもが伸びるメソッド』(中野吉之伴/ナツメ社)

 学校のサッカー部に入っても最初にやらされるのはボール拾いばかり。ようやくボールを蹴れるようになっても顧問から怒られたり先輩からいびられたりでちっとも楽しくない。練習には身が入らず、上達もしないし試合はいつも応援席で声を出すだけ。そして、卒業と同時にサッカーもやめてしまう…。そんな日本のサッカー少年たちは少なくないのではないだろうか。

『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする 自主性・向上心・思いやりを育み、子どもが伸びるメソッド』(中野吉之伴/ナツメ社)はドイツで育成年代の指導者として活躍している著者による、ドイツの指導法の紹介本だ。2014年のワールドカップ王者であるドイツの育成システムは、サッカーだけでなく親や教師と子どもの接し方についても考えさせられる内容だった。

 ドイツといえばかつて「ゲルマン魂」を押し出した熱く、ねばり強いサッカーが特徴的だった。それが変わるきっかけとなったのが2000年のヨーロッパ選手権での惨敗である。「勝利至上主義」の限界を感じたドイツのサッカー協会は、育成において「サッカーの楽しさ」を伝える方向性にシフトする。子どもの自主性を尊重することで、規格外の発想を持つ選手を育んでいったのだ。

 たとえば、ドイツは高校生年代まで全国大会を行わない。「勝利へのプレッシャー」に耐えられるほど、幼い子どもの心が成長しているとは限らないからだ。勝利を第一目標にしてしまうと、勝っても負けても「燃えつき症候群」が待ち受けている。「勝負」と「サッカーの楽しさ」は必ずしも同じではないとの考えがドイツでは幼少期から浸透している。

 また、ドイツでは大人からU-11世代までの全世代でレベルに応じたリーグシステムが整備されているという。ある子どもがサッカーの試合に出たいと思ったら、自分に合ったリーグで相応しいチームを見つければいい。実力とつりあわないチームでずっとベンチを温める必要がないのだ。そのため、ドイツの子どもたちは移籍についてネガティブな感情がない。彼らにとって重要なのは「試合に出ること」であって、勝利ではないのである。また、一度下部のリーグに移籍した子どもが十分な試合機会を得て成長し、上のカテゴリにかえりざくケースも珍しくない。

 こうしたドイツサッカーの考え方には、日本サッカーと比べて「失敗」に対する恐怖が薄い。日本の子どもたちは指導者の顔色をうかがいながら「ミスのないサッカー」を心がける。指導者や親もともすれば、ピッチサイドから子どもに「どうしてこうしないんだ」と怒鳴りつけてしまいがちだ。しかし、ドイツの指導者は「ミスを叱る」よりも「成功を褒める」ことを重要視する。たとえば、シュートを外しても何も言わず、ボールが枠に入ったときだけ「ナイスシュート」と声をかける。すると、子どもは「何がいいプレーなのか」を自然に覚えていくのである。

 ドイツの子どもたちの自主性の高さを示すエピソードが、タイトルにもある「審判なしでの試合」だろう。著者の長男はU-9世代のチームで、審判をつけずに試合をしていたという。もちろんミスジャッジはあるが、誰も意図的にルールを破ったり手荒いプレーをしたりしない。子どもだけの空間でサッカーをできる喜びを感じているからだ。「ボールに触れたい」「シュートを決めたい」という自由で純粋な願望は、年齢を重ねてもプレーの原動力として残っていく。2014年のワールドカップで見せたドイツの流動的で美しいサッカーは、「監督に言われたから」では実現できないスタイルだったのだ。

 日本の厳しい部活に慣れた人々からすると、ドイツの育成システムを「甘やかし」「放任」と見るかもしれない。しかし、それは「大人が子どもを育てなければいけない」という先入観があるからではないだろうか。著者は本書でこう説く。

大人が考えるべきは「子どもの育て方」ではなく、「子どもの育ち方」なのです。

 大人は子どもが迷ったときにヒントを差し伸べる存在であればいい―。ドイツサッカーの育成現場は、日本の教育にも一石を投じてくれるだろう。

文=石塚就一