文科省職員はどんな理念を持ち、どう教育に向き合ってきたのか。文科省OB・前川氏と寺脇氏が語る『これからの日本、これからの教育』

社会

公開日:2017/12/15

『これからの日本、これからの教育』(前川喜平、寺脇研/筑摩書房)

 2017年を代表するキーワードと言えば、個人的には「モリカケ問題」ではないかと思っている。学校法人森友学園の用地取得と、学校法人加計学園の獣医学部新設の経緯に、安倍晋三内閣関係者の口利きがあったのではないか、というあの問題だ。森友学園前理事長の籠池泰典氏と妻の諄子氏が逮捕されたり、気が付きゃ加計学園に認可が下りていたりと騒動は収まる気配はないし、問題の追及も足りていない気がする。そんな中、加計学園問題で注目を集めた前川喜平氏が、本を出版した。

 前川氏による『これからの日本、これからの教育』(筑摩書房)は、文部科学省の先輩で映画評論家の、寺脇研氏との対談形式になっている。

 加計問題だけではなく、文科省OBへの再就職あっせんが法律に抵触したことで文科省を追われただけに、一体どんな暴露をしているのか。そんなことを期待していたが、書かれていたのは暴露ではなく、彼らがどんな理念を持ちどう教育に向き合ってきたかの振り返りと、学ぶ権利はすべての子どもにあるという強いメッセージだった。

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 彼らは全編を通して教育にまつわる誤解や思い込みについて、丁寧に説明と解説をしている。

 たとえば「ゆとり教育」は、それまでの詰め込み学習より勉強量が少なく、上の世代から「これだからゆとりは」とバカにされることも多い。しかし寺脇氏によるとゆとり教育が目指していたのは、

「子どもたちが自ら未来を切り開く力をつけると同時に、お互いが助け合う力を身に着けること」

 だという。そして「個人の尊厳」「個性の尊重」「自由・自律」という「個性重視の原則」こそが、ゆとり教育の基本理念だったそうだ。ただラクをするためのカリキュラムでは、決してなかったのだ。

 さらに高校の無償化については15~18歳のすべての若者に学習機会を保障する、学習権保障の思想に基づいていると前川氏は語る。義務教育が終われば学びは自己責任で、高校は試験にパスした人が行くところ、という発想がいまだに根強い。しかし昨今の高校進学率は98%にまで達し、高校を卒業していないと就職先を見つけにくいのが現状だ。だからこそ無償にして、皆に学びの権利を与えることは確かに理にかなっている。しかし財源には限りがあるし、金持ちの子どもまで優遇する必要はあるのか、という意見もある。それについて寺脇氏は、

学習権の保障というのは、貧しい家の子であろうと、そうでなかろうと、すべての学習者に学ぶ権利を保障するということ。だから(小中学校の)教科書の無償給与に所得制限をかけるなんて、できないわけ。高校無償化もそれと同じです。

 と答えている。同様に前川氏も、

高校無償化というのは、親のための政策ではなく、高校生のためのものですから、本来親の収入は関係ないはずです。教育費を社会全体で負担するということは、学習者の学習権を保障することなんです。

 と説明している。親の所得で無償にするしないは、その議論自体がナンセンスだったのだ。

 学ぶ権利は特別支援学級の子どもたちにもあるものの、特別支援学校の高等部の受け入れは障がいが重い生徒が優先されるため、軽度障がいの子の受け皿が全国的に足りていない。それでは学ぶ権利が確保しきれないことへの危惧と、この権利は朝鮮学校の生徒も例外ではないことにも触れている。

 民主党政権下では朝鮮学校は、無償化の対象にする方針だった。繰り返しになるが無償化は、子どもたちの学習権を保障するためのものだからだ。しかし2010年に北朝鮮が韓国の延坪島を砲撃したことで審議がストップされ、安倍政権誕生後には無償化対象外となった。

 このことについて寺脇氏は、無償化対象外とした下村博文文科大臣(当時)や義家弘介議員などが「在日の人と腹を割って付き合っていない」からだと指摘し、さらに、

朝鮮学校に行ったことで、はじめて北朝鮮がいかに問題があるのかを知った人とかも、たくさんいるわけです。学校というのは洗脳機関じゃないからね。これはおかしいと気づけるんですよ。

朝鮮学校が洗脳機関だと思ってる人は、日本の学校でも洗脳をしたいと思ってるんじゃないか、教育勅語を読ませたり、道徳を教科にしようとしたり。そう言いたくなってしまう。そういう人は、学校を子どもたちの主体的な学習の場として捉えていないわけですよ。

 と喝破している。

 朝鮮学校について「実はよく知らないけど、おかしな教育をしてそう」というイメージで無償化に反対している人も、多いのではないだろうか。そういう人には2人の言葉は参考になるし、オープンスクールなどに足を運んで自分の目で見て、それから結論を出しても遅くはないはずだ。

 他にもフリースクールや学校におけるLGBT児童についてなどをテーマにしているが、教育とはそもそもどういうもので、どういう考えに基づいて文科省や政府が動いてきたかが、よくわかる1冊になっている。現在20~40代の人なら、自分が学生だった頃の記憶とともに、学校と教育について改めて考えることができるだろう。

文=碓井 連太郎