「女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。」直木賞作家が描く、俗と笑いに満ちた恋愛喜劇集

文芸・カルチャー

2017/12/17

『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』(東山彰良/講談社)

 頭の中で悶々と異性を意識した経験があるかと問われれば、誰もがそれぞれに、(例えば青春という言葉と結び付けながら)胸中にしまい込んだ初々しい「あの頃」のエピソードを思い出すはずだ。東山彰良氏の『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』(講談社)で楽しめる6つの短編には、そんな「あの頃」がユーモラスな筆致で詰め込まれ、むき出しにされている。力みが取れるような、なんともみっともないタイトルであるが、軽佻浮薄そのものの登場人物たちが、持て余したリビドーを異性に向けては翻弄されるという、タイトル負けのしない内容のみっともなさには毒気を抜かれること請け合いだ。

 東山氏といえば、第153回直木賞に輝いた『流』(講談社)では、史実に肉薄する戦争描写から大胆なほどの俗っぽさまで、作家としての多芸さを存分に披露してくれた。今作に関しては、こと軽妙さという点において彼の引き出しは大きく開放されている。

 各話は福岡の大学に通う、女性にからっきし縁のない〈有象くん〉と〈無象くん〉を中心に展開されていく。彼らの周りで常ならざる様子を見せる人々には、異変にまつわる噂話が必ずあり、それらは往々にして、色恋沙汰なのである。しかし誤解しないでいただきたいのは、物語は現代大学生のリアルを描いた青春活劇などでは決してなく、もっと卑俗で喜劇じみたファンタジーであるという点だ。

 ドイツで活躍した女性革命家ローザ・ルクセンブルクは、「女の性格が分かるのは恋の始まりではなく恋が終わるときだ」という言葉を残したそうだが、この物語に教示的な部分を求めるならまさにそれだろう。「そんな純情な女いないぞ!」と蒙をひらいてやりたいほど女の子に心酔しきってしまう、いたいけで初心な男たち。あるいは体目当てで女性を手籠めにしようと競争する男たち。やがてそんな彼らの前で、ロマンチシズムの一切を取り払うかのように女性の正体が明らかにされ、男たちは煮え湯を飲まされるのである。

 掲載されている短編のひとつ、「女王陛下のダンベル」は、入学式で一目惚れした同級生の女の子〈女王ちゃん〉に振り向いてもらうために体を鍛えた〈ダンベル先輩〉を中心とした話だが、このような一節がある。

恋愛とはニトログリセリンであり、魂の咆哮であり、世界を焼き尽くす火焔である。またそうでなければ、いったい我々はなにをもってして自分が恋をしていると知ることができよう

 明らかに、女は男を狂わせる。しかし女なくして男は生きられない。はたから見れば馬鹿馬鹿しいことこの上なく、しかし逃れようのない本能の発露。この本においてそれらは、衝撃的なまでの「俗っぽさ」と随所に仕掛けられた笑いのエッセンスによって、清涼感にまで高じている。ぜひこの本を手に取って、含み笑いと共に、休む間もなくページをめくっている自分に気付いていただきたい。

文=高田慶伍