モデルは新潟にある、国内最古級の映画館! 俊足と夢を失った少年が、古びたキネマで再生していく『世界は今日もまわってる』

マンガ

公開日:2017/12/20

『世界は今日もまわってる』(水森暦/白泉社)

 高い天井に、美しい木目模様。二階席のある広々としたレトロな空間に、響き渡るのは懐かしい映写機の音。幼いころからの夢を失った男子高生が、古い映画館でのバイトを通じて、日常に喜びをとりもどしていくマンガ『世界は今日もまわってる』(水森暦/白泉社)。物語の舞台である「キネマ天象儀」、モデルとなったのは新潟県上越市の「高田世界館」。1911年に芝居小屋として営業して以来、名前を変えながら営業を続け、現存するなかでは日本最古級といわれる映画館だ。

 映画にはたくさんの夢と喜びがつまっていて、無数の星が瞬くように観客の視界に飛び込んでくる。もちろんときに悲しみも怒りも降ってはくるが、どの感情も人生を豊かに彩るためには必要不可欠のもの。誰よりもはやく駆け抜ける黄金の脚を失い、やりたいこともやるべきことも見つけられず途方に暮れていた少年・神林亘にとって、キネマ天象儀は人生をふたたび色づかせていくための場所だった。天象儀とは、プラネタリウムのこと。本作は、映画館を訪れる人たちの運命が、星がめぐるように動きはじめる、再生の物語だ。

 生まれつき外れやすい膝。手術をしても、元通りには走ることのできない脚。大きくなったら地球を一周できるかな、そんな無邪気な夢を抱いて、いつまでもどこまでも走り続けることを望んでいた亘は、突如として希望を奪われることとなる。だからといって、いきなり陸上以外に打ち込めるものを見つけられるはずがない。自分の功績を知っている人たちはすべて遠ざけ、ひとり無意識に陸上部の練習を眺め続けていた彼を、新しい世界に誘い込んだのは、マイペースで口八丁なあやしさ満点のイケメン・朝比奈周平だった。キネマ天象儀の支配人である。うっかり映写機をこわしてしまい、弁償と謝罪をかねてキネマ天象儀でバイトすることになった亘は、ときおり訪れる風変わりなお客さんたちと映画を通じて、少しずつ沈んでいた心を浮上させていく。

advertisement

 キネマ天象儀のメンバーは、支配人の彼ともう一人、ボスというにはあまりに幼い美少女・輪音。りんね。輪廻? ここにもまた“めぐり”の気配が? と邪推してしまうのは、この2人と映画館があまりに謎だらけだから。どうせ消えゆく夢ならば、大勢の人を巻き込んでしまえ、という周平の言葉。長らく閉館していた映画館はなぜ突然、お客がくる気配もなく資金が潤沢にもみえないのに、ふたたび開業準備をはじめたのか。そして学校に通っている気配もない輪音はいったい何者なのか。一心不乱に掃除をする亘に、切なそうなまなざしを向けながら、彼女は誰を思い出しているのか。思わせぶりな1巻のラストで、読者はますます物語に引き込まれていく。

〈映画館は大勢の人々が一堂に集まって同じ夢を一緒に見れる場所。暗い小さな世界から、国境、時代、時空すら超えて夢を見る。どこへでも行ける〉

“黄金の脚”を失った亘は、映画館でどんな新しい夢を見つけるのか。美しい映画館で描かれていく風景が楽しみなのもさることながら、高田世界館の赤いソファに深く腰かけ、自分だけの夢を思い描きたくなる作品である。

文=立花もも