人嫌いの野球部エースと、顔を見ただけで不調を言い当てる鍼灸院の孫。正反対のふたりが惹かれあうのは友情か、それとも――

マンガ

公開日:2017/12/26

『善次くんお借りします』(玉川しぇんな/白泉社)

 よかれと思って悪気なく、子どもを傷つけがちなのが親というもの。両親を亡くした男子高生・善次の場合は2人暮らしの祖父がそれ。野球大好きの祖父にとって、野球部のエースだった父は自慢の息子。だけどその息子の善次は母親似でひょろっとしていて、祖父の鍼灸院を継ぐ才能にはあふれているけど、野球なんてルールもわからない。父の遺影に語りかけ続ける祖父の背中を見守るしかできなくて、理想の孫になれないことに負い目を感じ続けている。そんな善次と、現野球部エースでクラスメートの花岡が、ひょんなことから惹かれあう青春と恋の物語が『善次くんお借りします』(玉川しぇんな/白泉社)だ。

 まあ、ありていにいえばBLマンガなのだけど、それ以上に「自分が自分であること」の葛藤や、他者と自分を比べて抱く嫉妬への自己嫌悪などが入り混じり、良質な青春物語として描かれているのが本作の魅力。

 人嫌いで、クラスではいつも寝ていて、不愛想な花岡。そんな彼にいつもにこやかな挨拶を欠かさない善次。ほんの少しだけ距離が近い(といっても他の人に比べてというだけの)2人を急接近させたのは、善次の特技のおかげ。なんと、顔を見ただけでその人の身体の異変を察することができるのである。テレビで野球をみているだけで「肘が悪い」と言い当てられるというのだからたぐいまれなる才能だ。野球はまったくできない善次だけれど、祖父の鍼灸院を受け継ぐ才には恵まれていたというわけだ。

advertisement

 だけど祖父の頭にあるのは、一にも二にも、野球。野球のできない善次を責めたことはないけれど、「善次はだめだなあ」という残念感も、愛情と同じくらいにあふれでているし、なんなら口にし続けている。どんなに成績がよくても、優しくて手間のかからない孫でも、祖父の“いちばん”はずっと父。善次は“自慢”にはなれないのである。野球なんて大嫌いと頑なにルールを覚えずにいた善次が、なぜ花岡に声をかけ続けていたのか? それはもちろん人の好さもあるけれど、その本当の理由はずいぶんと切ない。愛情は、望んだとおりには受けられない。だけど努力を続けるしかない。それが骨身にしみ続けてきた彼だから、もしかしたら花岡の心を溶かすことができたのかもしれない。

 花岡は、善次とちがって野球の才能にあふれ、人の目なんて気にしないマイペースな男だ。取材嫌いなのも人嫌いなのも、過去にマスコミから悪意ある記事を書かれたせい。理解できないなら寄ってこなくていい、うわべだけでちやほやしてくるような人間はいらない。そう頑なに貫いてきた花岡にとって、笑顔のヴェールに本音を隠した、儚げでとらえどころがない善次は、だんだんと気になる存在になっていく。タイプは違うけれど、他者から浴びせられる視線や言葉が人をたやすく傷つけると知っている2人だから、同性とか異性とかの境界を越えて惹かれあうことができたのだ。

 ありのままの自分を受け入れて、肯定してくれる相手に出会えるのは誰であっても嬉しい。繊細な傷を少しずつ互いに癒しながら、ともに道を歩んでいく2人の姿に、読み手のこちらも癒される。BLになじみのない人にもぜひ読んでほしい作品である。

文=立花もも