今日はどこで誰と飲む?酒好き夫婦、角田光代・河野丈洋の酒場にまつわるエッセイ集

小説・エッセイ

2017/12/21

『もう一杯だけ、飲んで帰ろう。』(角田光代・河野丈洋/新潮社)

 お酒ってなんであんなに良いんでしょう。お酒自体が素晴らしいものであるのは言うまでもないんでしょうけど、酒場で飲む一杯ってのもまた至高の時間です。家の近所で引っ掛ける仕事後の一杯の解放感や、旅先でちょいと暖簾をくぐった先の一杯に詰まったワクワク感。上手くいかなかった日の慰めの一杯は、マスターが優しくそっと出してくれる。自分へのご褒美の一杯は、大将の労いの言葉とともに。そして酒場と言ったらやはり、誰と一緒に飲むかは重要ですね。一人酒場はとても素敵な時間だし、親友と語り合いながらの一杯は時として一生心に残る味となるでしょう。それから雑多な居酒屋で恋人と二人しっぽりと飲むなんてのも最高に“エモーショナル”です。

 そろそろ本気で酒場に行きたくなってきてしまったので本題に入ることにしますが、勿論酒場にまつわる本のご紹介です。『もう一杯だけ、飲んで帰ろう。』(角田光代・河野丈洋/新潮社)は、作家と音楽家の夫婦が酒場を語らうエッセイ。これがまた実に良いんです…。本書の中身は雑誌『古典酒場』と『芸術新潮』で3年以上にわたり連載されていたものが1冊に。各回につき一軒の酒場が取り上げられ、妻と夫とという別々の立場からその酒場にまつわるエピソードが綴られています。

 その舞台の多くは夫妻にとって馴染み深い土地である荻窪・阿佐ヶ谷・高円寺などの中央線杉並エリア。住んだことのある人なら一発でお分かりになるかと思いますが、この界隈で飲むお酒って、これまた素敵なんです。私も中央線沿いで学生時代を過ごした経験があるのですが、東京というメトロポリスの“不器用であたたかくて柔らかい”側面を詰め込んだような雰囲気がいいんです。またそれ以外の都内の酒場も、赤羽や神田、高田馬場などの飲み屋が紹介されています。いやぁ流石、分かっていらっしゃるというか、東京の酒場通ですね。かと思えばこの本、たまに香港なんかにも飛んじゃいます。旅先のエキゾチックなお酒の味もまた格別ですよね。

 夫婦のような、他人でありながら継続的な関係において、食の好みは非常に重要であるという類の話はしばしば耳に挟むものですが、角田・河野夫妻の食の好みは合わないといいます。それでも夫婦の仲が円満である理由は何なのでしょうか。

「食ではない、酒だ。とはいえ酒そのものの味が好きなわけではない。人と飲むのが好き。とはいえだれでもいいわけではない。ものすごく好き。心底好き。」光代氏は本書でそう語っています。何とも羨ましいというか、理想的な夫婦酒です。

 人間を極めた芸術家は酒の達人。少し言い過ぎかもしれませんが、そう思います。小説家として名を馳せる妻の角田光代。楽曲提供や舞台音楽など、幅広く音の世界を生み出す夫の河野丈洋。そんな芸術家夫婦の綴る酒場エッセイは、酒場と同様にとても奥深いのです。愉快な夫婦酒のエッセイとしても、東京酒場マップとしても実に魅力的な本書。今夜は一軒、酒場に寄って帰りませんか?

文=K(稲)