『弟の夫』の著者が語る、エロティックアート、カルチャー、LGBT

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公開日:2017/12/30

『ゲイ・カルチャーの未来へ』(田亀源五郎/Pヴァイン)

 今だからこそ読まなくてはいけないと思った。本書『ゲイ・カルチャーの未来へ』(田亀源五郎/Pヴァイン)はそういう本である。

 著者・田亀源五郎は漫画家で自称ゲイ・エロティック・アーティスト。日本ゲイアート界の巨匠といわれ、その唯一無二の世界観、高い芸術性から海外からの評価も高い。ただしハードなゲイ向けのポルノ作品を描いていたために、日本では最近まで「知る人ぞ知る存在」であった。

 その状況を大きく変えたのが著者初めての一般向け作品『弟の夫』(双葉社)である。タイトルからもわかるとおり同性婚をメインテーマに据えており、ゲイである弟を亡くした男性とその娘、そして弟の配偶者男性の交流を丁寧に描いている。LGBTの当事者家族として当事者とどう向き合うか、日常に潜む無意識の偏見の怖さ、カミングアウトの扱い方など読者が考える余白を残しつつ、ホームドラマとしても完成度が高い。しみじみいいなあと思える作品だった。

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 異性愛者ではない、もしくは心と身体の性が違うなど自分の自認する性や性的指向がマジョリティとはいえない。そんなLGBTの人は10人に1人くらいの割合でいるのではないか、という説もある。確かに性的にはマイノリティかもしれないけれどマジョリティ側が自分には関係ないで片付けてよい話ではない。もし当事者ではなかったとしても、クラスメイトや友達、同僚、家族が当事者という可能性は十分にあるからだ。そういった意味で『弟の夫』の設定はすごくリアルなのではないか。

 本書の著者は彼自身ゲイであり、性的マイノリティとして生きてきた人だ。だからこそ描けるリアリティが同作にはある。

 さらに著者は自分のゲイ・エロティック・アーティストとしての活動の根底にもゲイとしてのアイデンティティおよびエロティックな欲望への肯定があると語る。またそれには自分の実体験が影響しているとも。

ひとつは、高校の友人がゲイである自分を肯定できなくて離れていってしまったこと。それからもうひとり、大学卒業後にできた友人が、やはりゲイであることを受け入れられずに宗教の方に行ってしまった体験があって、彼らは不幸になってしまったなと私は思ったんです。自己肯定は「しないといけないこと」だと私は思っています。

 性的なことに関する話題も、同性愛など性的マイノリティの問題についても、日本では隠蔽するべきものとして扱われる傾向があるように思う。本書の編集に携わった木津毅はイントロダクションにおいてこう述べた。

日本でゲイとして生まれることは、周りにそのことを尋ねられる人が誰もいないということだ。

 そして彼らは自分のセクシュアリティを誰にも打ち明けられないまま、1人で悩み苦しむことになる。しかもそれは外には見えない。ゆえにマジョリティにとっては「なかったこと」になってしまう。さらには彼らの文化(ゲイ・カルチャー)までもアンダーグラウンド的な存在として扱われ、欧米のように表舞台に出てくる機会が少なかった。

 そのような状況の中で世間からタブー視されがちな題材を思うがまま描き、「性欲に基づいた表現だというものは信仰に基づいた表現と同等」と語る著者。その姿勢には芸術家としての確かな矜持のみならず、後の世代を生きやすくするための道を切り開くという使命感をも感じさせる。

 本書はインタビューをもとに再構成された「語り下ろし本」であって、著者自身の自伝的記述や芸術論、欧米と日本のゲイ・カルチャー比較、LGBT問題に関する近年の盛り上がりと今後の展望についてなどさまざまなトピックが取り扱われている。それだけに1つの切り口のみで語るのは難しい。一流の表現者が自分の芸術や文化的背景について語った本であると同時に、マジョリティにとってはLGBTについて知るための手引書でもある。また当事者にとっては自分たちのアイデンティティや文化に誇りを持つためのバイブルとなるかもしれない。ただ少なくともLGBT問題が可視化されつつある現在の環境だからこそ出せた本だと思うし、日本における性的マイノリティの今とこれからを考えるうえで意義のある1冊だとも思うのだ。

文=遠野莉子