戸籍はなんのために必要なのか? その弊害は!? 戸籍制度の意義と問題を問う『日本の無戸籍者』

社会

公開日:2017/12/27

『日本の無戸籍者』(井戸まさえ/岩波書店)

 日常生活の中で自分の“戸籍”を意識することはどのくらいあるだろうか。結婚や離婚といった機会がなければ、ほとんどの人はとくに戸籍なんてものを意識することなく暮らしているはずだ。戸籍とは家族集団単位で国民を把握するための公の登録制度。通常、日本では出生届の提出をもって子はその親の戸籍に入ることになっている。戸籍は結婚や離婚、養子縁組などによって変動し、最終的に死亡まで記載される。つまり、日本人であれば生まれてから死ぬまで常に戸籍が存在するはずなのだが、何らかの事情で戸籍に登録されないまま「無戸籍児」「無戸籍者」として生きている人びとがいる。

 『日本の無戸籍者』(井戸まさえ/岩波書店)によると、その数は推計でなんと少なくとも1万人もいるという。無戸籍者たちは「自分で自分を証明できない」ため、教育、福祉、就職、結婚、自立といった人生のさまざまな局面で非常に大きな不利益を被ることになってしまう。なぜ、無戸籍状態が生じてしまうのか。ネグレクトや虐待によって出生届が未提出というケースもあるが、多くの場合は“民法772条”の規定が問題となり、出生届を出すに出せなくなっているというのだ。

 民法772条では生まれた子供の父が誰であるかを推定する“嫡出推定”という規定が定められている。同法第2項は「婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」とされている。つまり、離婚して300日以内に出産した場合、その子の父親は前夫であると法律が定めるということだ。離婚後300日以内に別の男性の子を受胎して出産することは当然あり得るのだが、その場合の子の父は法律にのっとれば生物学上まったく関係のない前夫になり、出生届を提出すれば子は前夫の戸籍に入ってしまうのである。

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 しかも、女性は離婚後100日間は再婚が禁じられており、前述の嫡出推定の否認も認められていない。男性は生まれた子について「自分の子ではない」と嫡出否認の訴えを起こすことができるが、女性は出産した子の父親は前夫ではないと訴える“嫡出否認権”を持っていないのである。

 著者は嫡出推定の問題で自身の4番目の子が一時的に無戸籍状態となって法廷闘争の末に現夫の子としての戸籍を獲得した経験があり、それを機に無戸籍問題に苦しむ人びとの支援を行ってきた。なぜ、無戸籍者を生み出す要因となっている理不尽で差別的な法と制度がまかり通っているのか、著者は戸籍の起源までさかのぼり、戸籍制度の変遷と成立、その意義を検証し、考察を重ねていく。

 戦争による戸籍消失、東日本大震災から見えてきた戸籍データ消滅リスク、二重国籍・重婚問題、天皇・皇族という“非戸籍者”など、その視点は実に多様だ。そして、そこから見えてくるのは、明治から今なお幻想として生き続ける家父長制にもとづく“家意識”とそれに都合のいい“規範的な家族の関係”の維持である。しかし、現実的に戸籍制度はすでに数多くの問題が可視化され、機能不全を起こしているともいえる状態だ。

 海外では家族集団単位で身分登録を行う戸籍ではなく、ほとんどの国で個人単位の身分登録が行われている。では、日本における戸籍の存在意義とは何なのか。戸籍がなくなったとき、そこで失われるもの、逆に得られるものはなんだろうか。日本人であれば誰でも無関係ではない重要な問題を提起する一冊だ。

文=橋富政彦