愛おしい、パリのおじさんの名言に学ぶ、生きる力

暮らし

公開日:2017/12/28

『パリのすてきなおじさん』(金井真紀/柏書房)

 『パリのすてきなおじさん』(柏書房)の著者の金井真紀さんは、『世界はフムフムで満ちている 達人観察図鑑』という本を2年前に出している。真紀さんのフムフム本は、その場の空気や語り手の言葉の余韻までも感じさせるような筆運びとイラストで、「達人の観察図鑑」であると同時に、「観察の達人の図鑑」にもなっているという内容であった。さらに、真紀さんがゴールデン街のカウンターで「水曜日のママ」もやっており、人生の大先輩たちから昔々の話を聞くのも大好物だと聞き、常に相手の話にかぶせ気味なイラチの自分としては、心底、リスペクトを感じたものである。

 その後、真紀さんの知人の仲介で、蒲田の餃子屋で女3人、飲むことになった。ここはひとつ聞き上手の年下女性を相手に、飲むと必ず出る自分の鉄板ネタを披露し、笑顔でフムフムしてもらっていい気分になろうと目論んでいたのである。

 が、実際に会った真紀さんは、そんなふんわりした聞き上手の受け身フムフム女子ではなかった。初対面同士の軽い自己紹介トークが終わると、いきなりゴングが鳴った。いや、実際はリーマン軍団が乾杯のビールジョッキをぶつけた音だったかも知れないんだが、真紀さんはいきなり「ヘイトスピーチ」について自説を述べ始めた。自説とは、無論、激烈なNOである。ヘイトスピーチに加担する書き手や版元の罪について、圧倒的なNOを彼女は語り始めた。「お、おう」である。長いこと、酒の席でまともな話をしていなかった自分としては正直、戸惑った。どっちかと言えば、蒲田の餃子屋という場所に相応しく、青島ビール片手に、下ネタとか盛りに盛った昔のヤンチャ話とか、そーゆー京浜エリアちっくな話をするつもりだったからである。

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 既にもう10年近く前から、自分にとって世界とはまともに向き合うものではなく、適当にやり過ごして、時々グレーゾーンで出し抜くことで、せこくささやかな満足感を得る程度のものになっていたのである。それに気づいたのは、真紀さんの激越なNOゆえだ。色んな分野の色んな仕事の色んな人々の言葉にフムフムして、「世の中には、いろんな人がいるなあ!」とほんわか書いていた真紀さんは、その多様性を脅かすものに対しては、戦いを辞さない骨太のファイターだったのである。

 『パリのすてきなおじさん』では、フランスに出かけた真紀さんが、フリージャーナリストの広岡裕児さんと一緒に、街で見つけた色んなおじさんに話を聞いていく。基本スタイルはフムフム本と同じだ。色んな肌の色、色んな階級、色んな仕事、色んな出身地、様々な政治的立場、様々な性的嗜好のおじさんたち。時におじさんは収入など度外視する生粋の職人であり、時におじさんは日々を無為に過ごす難民であり、時におじさんは出稼ぎ労働者であり、時に悲しみを癒すためにピアノを弾き、時にミラノに服をオーダーしに行く。そんな生い立ちも収入もまるで違うパリのおじさんたちを文章と絵でカタログすることで、本書は、フランスの多様性や悲劇、問題点を個人のストーリーとしてリアルな手ごたえで読者に感じさせる。「人種差別」「難民」「LGBT」……そんな単語では伝わらない個々の人間の生きざまの重みが、パリのおじさんたちの語りからは伝わってくる。そして、おじさんたちの口から出た名言の重みたるや。

「ほとんどの問題は、他者を尊重しないから起こる」。そう言ったのは、チュニジア移民二世でクスクス屋をやっているイスラム教徒。「人間を好きにならなければいかん」。そう言ったのは、競馬場にいたアルジェリア人の元警官。彼らの言葉を聞きながら、童顔で丸顔の真紀さんがフムフムしている顔が思い浮かぶ。けれど、そんな彼女のフムフムの背景にあるのは、スタッズ・ターケルが『希望―行動する人々』で9.11後の人々をテーマにしたように、同時多発テロ以降のパリで生きる人々を書きたい、書かねばという彼女の骨太の意図のような気がする。

 ああ、そう言えば、真紀さんはスタッズ・ターケルの『仕事!』に憧れてインタビュアーになったと話していたのだった。真紀さん、また飲みたいね。次は堅い話は抜きで。いや、無理か。

文=ガンガーラ田津美