会社の上司に「隠蔽工作」を指示されたらどうする?

文芸・カルチャー

更新日:2018/1/15

『誤断(中公文庫)』(堂場瞬一/中央公論新社)

 2017年の流行語大賞に選ばれた「忖度」。本来の意味は「他人の気持ちをおしはかること」(広辞苑)だが、きっかけになったモリカケ問題といい、特に「上司の意向をおしはかる」的なニュアンスが強めの印象。実際、忖度という言葉に「仕事あるある」感を覚えたサラリーマン諸子は多いんじゃないだろうか。

 サラリーマンである以上、上司の意向を汲んで仕事をすすめたり、多少無茶でも上司からのオーダーであれば従わざるをえなかったり、そんな場面はよくあること。会社という「組織」で働く上では、それが当たり前の現実でもある。だが、たとえば上司からの命令が、明らかに「社会正義」に背くものであったとしたら? 「会社のためだ」と言われて、会社の不祥事の「隠蔽工作」を指示されたら、あなたはどうするだろう? このほど文庫化された『誤断(中公文庫)』(堂場瞬一/中央公論新社)は、巨大企業の不祥事をめぐり、隠蔽しようとする側と隠蔽させまいとする側の攻防を緻密に描き、日本の企業が陥りがちな「闇」を鮮やかに浮かび上がらせる。

 舞台は大手製薬会社の長原製薬。ある日、広報部員の槙田は、普段は接点のない副社長から直々に極秘任務を命じられる。それは、相次いで発生した3名の転落死亡事故に自社製品が関わっている可能性があり、それを事故捜査で気づかれていなかったかを調査すること。あわせて疑念を持つ被害家族への口封じ、だった。外資企業と合併交渉中の長原製薬にとって不祥事は致命傷であり、なんとしても隠す、というのが会社の意志。「会社のため」という副社長からの厳命とはいえ、「死者が出ていながら隠蔽する」という会社の姿勢、そしてそれに自らが加担した事実の重みに苦しむ槙田。だが、追い打ちをかけるように、自社が40年前に出した公害事件を原因とした訴訟を止めるよう動けと、再び副社長から命令を受ける。死者が数名出た事件だったにもかかわらず、見舞金を渡して事件ごと闇に葬り、槙田自身もその事実を知らなかった。だが、その被害は現在も続いているというのだ…。

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 さすがに40年前と今では時代が大きく違い、「隠蔽」がそううまくはいかないのは現実の社会を見ていてもわかる。実際、多くの有名企業による長年の隠蔽がバレ、大きな社会問題となっているのはご存じだろう。本書の場合、舞台は製薬会社であり、ミスは「いのち」に直結する重さを持ち、隠蔽は許されるべきものではない。だがそれでも「会社を存続させるため」という会社として是を優先した結果、組織から理性が奪われてしまうのだ。タイトルもズバリ『誤断』であり、そうした負の連鎖はなぜ起こるのか、どこなら引き返せるのか、本書を読みながら考えてしまう。

 ちなみにこの作品、2015年にはWOWOWでドラマ化され、槙田を人気俳優の玉山鉄二さんが演じた。「生々しく人間臭い部分を求めていた僕が待ち望んだ作品」と巻末の著者との対談で玉山さんがコメントしているように、隠蔽する側も阻止する側も、単純な善悪で割り切れる存在ではなく、実に生々しい。それぞれが苦しみを抱え、思い惑いながら自らを奮い立たせ、日々を生きているのだ。そのリアリティに思わず、「自分ならどうするのか?」と自問せずにはいられないだろう。

文=荒井理恵