食べて人は進化した!? 人類の「食」をめぐるスリリングな旅にようこそ

暮らし

公開日:2018/1/3

『食と健康の一億年史』(スティーブン・レ:著、大沢章子:訳/亜紀書房)

 近年健康に敏感な人たちの間では、先祖伝来の食生活というものが見直されつつあるようだ。確かに日本でも「伝統的な和食を食べよう」と主張する本は増えつつあるように思う。その一方でもっと過激な主張をする人々もいる。狩猟採集民の生活に戻るべき(いわゆるパレオダイエット)、人間は肉食には向いていないと考える菜食主義者などだ。

 結局何が言いたいのかというと、同じ「先祖伝来の食生活に帰れ」という主張一つとっても、どこを目指すかは人によって千差万別だということだ。祖父母の時代に遡れば十分という人もいれば、農耕が始まる1万年以上前の時点に遡らないとダメだと考える人もいる。

『食と健康の一億年史』(スティーブン・レ:著、大沢章子:訳/亜紀書房)の著者が最初に行った問題提起もまさにこの1点にある。

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祖先に倣って食べたり暮らしたりすることはすでに一般化してきていて、そのためにどうすればいいかを書こうとした書物も数多い。しかし残念ながら、祖先の食生活や暮らしのどの部分を取り入れるべきかについては、意見が大きく分かれている。

 著者は初めて両親の出身地・ベトナムを訪れた際、衝撃を受けたという。彼は地元の人々の誰よりも背が高く大柄だった。その地元の若者についても1世代前の人たちよりも背が伸びていた。著者はそれを食生活の影響ではないかと直感し、食物が人に与える影響に興味をもつようになった。

 その傾向は彼が母親を失ったのを機にますます高まっていく。カナダに来てからもベトナムの伝統食を食べ続けていた祖母が92歳の長寿を全うしたのに対し、カナダ流の肉や乳製品を摂取する食生活を送った母親は66歳のとき乳がんで世を去ったからだ。

わたしは祖先の食生活や暮らし方を調査し、西洋文明と関わりがあるとされる乳がんやその他の疾病のリスクファクターを見つけ出すことに専念することにした。

 そして自然人類学者となった彼は旅に出た。人類がこれまで何を食べて生き残ってきたのか、1億年分の食生活史を明らかにする壮大な冒険である。

 昆虫、果物、肉・魚、野菜、穀類などこれまで人間はさまざまな食物を食べてきた。そのなかには現在、低炭水化物食における穀類、菜食健康法における肉のように、食事療法の世界で「悪」とされる食品も含まれている。広範囲に及ぶフィールドワークと科学的な研究成果をもとに、著者はこれらの食物が人間の身体にどのような影響を与えてきたのかをひとつひとつ考察し、さらには過去ではなく未来、つまり将来の世代の健康に関わるトピックスにも踏み込む。

 本書の記述は食の歴史から最終的に環境問題にまで及ぶが、主なテーマは現代人における食と健康であろう。著者によれば現代の専門家の主張が大きく食い違っている原因は2つあるという。1つは短期的な健康と長期的な健康の違いが混同されがちであること、もう1つは専門家が人の進化過程を考慮せずに栄養や健康の問題を読み解こうとしていることだ。

 たとえば肉や乳製品は生殖能力を高めるなど短期的に見れば健康によい影響をもたらす。しかし一方でガンなどの病気のリスクを上げるため、長期的な健康という意味ではマイナスになるおそれがあるのだ。また人にはそれぞれ暮らす地域に適応するように進化してきた歴史があり、それを無視した食生活を送ることは持って生まれた体質に仇をなす可能性がある。

 さらに著者は身体活動レベルの低下が人々の健康に悪影響をもたらしていることをも示唆する。文明化に伴う車やテレビの普及、デスクワーカーの増加などは人間が活動しない時間を増やした。その結果、昔と比べて摂取カロリー・消費カロリーにあまり変動がないにもかかわらず、肥満や慢性病に苦しむ人々が増加している。どうやら人間の身体は適度に動かさないとダメになるようにできているらしい。

 人類は必死に周りの環境に適応しようと戦い、進化を遂げてきた。その結果が先祖から受け継いたそれぞれの体質であり、活発に活動するのに適した肉体である。これらを無視して流行りのダイエット法や健康法に飛びつくのはもはやあまり賢明なこととはいえないのかもしれない。私たちの身体に刻まれた人類1億年の歴史を我々はおそらく忘れるべきではないのだ。

文=遠野莉子