煩悩丸出し! おもしろいことは「煩悩」から始まっている『煩悩ウォーク』

エンタメ

公開日:2018/1/2

『煩悩ウォーク』(岡宗秀吾/文藝春秋)

 テレビほど人の煩悩に忠実なメディアはないのではないでしょうか。視聴率の低下や若者のテレビ離れを耳にするようになって久しいですが、それでもテレビはいまだに最も身近で大きな影響力を持つメディアの一つだと思います。そんなテレビ業界で「キテレツな体験談」を持つのがフリーランスのディレクターである、岡宗秀吾氏です。

 岡宗氏は神戸出身の神戸育ちですが阪神淡路大震災をきっかけに上京します。代表作は『とにかく金がないTVとYOU』、DVDの「全日本コール選手権」シリーズ、BSスカパー!『BAZOOKA!!!』など。

『煩悩ウォーク』(文藝春秋)で描かれているのは、高校中退・金なしコネなしの若者の「最短距離でディレクターになりたい」「他の番組よりすごいと思われたい」という煩悩や分かりやすい野心のエピソード。しかし、決して「私はこうしてビッグになった」というような自己開示欲求ムンムンのサクセスストーリーではありません。著者があとがきにも書いているように、人生は映画と違ってエンディングもクライマックスもないものです。人生の勝ち負けはあやふやなもので、終着点まで到着しないと結果は分からないものなのでしょう。

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 テレビマンのエッセイとして感じたのは、おもしろい人生を送りたいのであれば「なんとか自分の思い通りの人生を送ろうと、ジタバタする」のは必要なことなんだ、ということです。思い通りの人生を形にするためには、周囲の人の協力は欠かせません。他人に動いてもらうためにはまずは身近な人におもしろいと思ってもらわなければならず、そのためには共感してもらえる表現方法が大切になってきます。自己完結する伝え方ではイタいと思われるだけでしょう。そのためにはどうすればいいか? その答えの一つが、自分が心から楽しむことをすることです。自分が楽しまなければ、他人におもしろさを伝えることなど難しいのではないでしょうか。

 著者の鉄板エピソードは、阪神淡路大震災の被災経験だそうです。著者やその家族には幸いにも被害が少なかったこともあり、エピソードの中にはそのような非常時の最中でも女性にモテようとするなどの、ちょっとした「笑い」が紹介されています。この鉄板エピソードに対しては賛否両論あって、中には不謹慎だという声もあるようです。確かに家族や大切な人を亡くした人にとっては、こうした行為に腹立たしさを感じることもあるのかもしれません。

 しかし、著者のエピソードにはシビアに語るだけでは見えてこない人の心の動きがよくとらえられていると感じます。何でもネタにしてしまおうとする姿勢には一定の評価ができるのではないでしょうか。シビアな現実に直面して、悲しみを経験した人も死ぬまで同じ水準でその感情を持ち続けることはできないはずです。

 著者はこうして何でもおもしろがって周囲の人に「にぎやかし」を続けてきた結果、人生の折り返し地点でエッセイを刊行することにもなりました。帯には、バカリズムやバナナマン・設楽統からの推薦コメントも掲載されています。先にも書いたように、人生の結果が見えるのはまだまだ先のことなのかもしれませんが、他人を楽しませることのできる人の先行きは明るいでしょう。

 人生はおもしろがったもん勝ちです。

文=いづつえり