もし、コミケ参加者が童話の主人公だったら…累計閲覧数8000万突破のオタクコメディ『コミケ童話全集』

マンガ

公開日:2017/12/28

『コミケ童話全集』(おのでらさん/KADOKAWA)

 夏と冬にやってくるオタクたちの一大イベント「コミックマーケット」、通称“コミケ”。年2回6日間のイベントだが、本気の参加者にとって、これはいわば本番。サークルチェックや回る順番とルートの確認、軍資金の確保、手土産の準備、さらにサークル参加者は応募からの原稿執筆や製本、印刷、売り子確保などやることはたくさんあり、ほぼ一年中準備期間だったりする。その分、コミケには参加者一人一人にドラマがあるのだ。

『コミケ童話全集』(おのでらさん/KADOKAWA)は、そんなコミケに、もし童話の主人公たちが参加していたら……? というトンデモ設定で描かれたコミック作品。

 本書は、基本的には童話別の短編漫画となっている。例えば、イソップ童話『金の斧』に登場する女神を主人公にしたコミケ童話。登場するのは、湖の中から現れる美しい女神――かと思いきや、なぜか「女神」というハンドルネームのおっさん。冬コミの原稿を落とした男性のもとに突然現れた「女神」は、男性の原稿の進捗にダメ出ししたかと思ったら、ものすごい神アシスタントと化し、冬コミに製本を間に合わせてしまった。そしてコミケ当日には何食わぬ顔で現れ、きちんとお金を払って新刊を受け取り、帰っていった。見た目はおっさんだが、まさに神としか言いようがないオタクの鑑を描いた物語だ。

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 また、『赤ずきん』では、狼が丸飲みしたおばあさんに内側から脅され、締め切りが迫った原稿を押し付けられてしまう。サークル参加者にとって、締め切り前というのは修羅場。お腹の中でじっとしている暇なんかないのだ。そしてさらに、そこに現れた赤ずきんが原稿をチェックし、バッサリと酷評する。コミケの前では、誰も狼に怯えてくれない。

『桃太郎』では、桃太郎が「ギャルゲーを作ります」と鬼退治に行くかのような顔で宣言し、そこでおじいさんもびっくりの、おばあさんの同人販売への知識の深さが露呈する。おばあさんは淡々と真剣な面持ちで、販売方法から市場、ゲーム制作に必要な人員、ネタなど、あらゆるものを桃太郎に伝え、託していく。まるでこれから始まる戦いを見抜いているかのようだ。

 他にも多くのキャラクターたちが、現代の「コミケ」という戦場に立ち向かうため、同人誌を作るため、同人誌を手に入れるためにあらゆる手を尽くしていく。そして別々の物語だったはずが、次第に繋がっていく。それぞれがそれぞれの思いで活動していても、コミケを想う“参加者”である以上、本番に近づくにつれてそこに集約していくのだ。もはや、物語の枠なんて関係ない!……のだろう。

 本書は、こうしたオタクと化した童話のキャラクターたちが熱く面白いだけでなく、ものすごくマニアックなコミケ用語集までついている。もし「何これどういうことなの」とついていけなくても大丈夫。良いオタクの見本のごとく、至れり尽くせりだから安心だ。

 コミケ常連者はこのありそうでなさそうでありそうな空気感を、未参加者はその知られざる壮絶な日常を、ぜひとも“参加者”として味わってほしい。

文=月乃雫