燃え殻も絶賛する『猫の話をそのうちに』――大切な人への思いこそ言葉にできない……。元カノとの切ない交流が苦しくも羨ましい青春小説!

文芸・カルチャー

2017/12/28

『猫の話をそのうちに』(松久淳/小学館)

 たとえば大切な人と離れ離れになったとき。家族を失ったとき。自分の生き方の問題点について、反論の余地もない厳しい指摘をされ、人目をはばからず泣いたとき。

 そんな強烈な体験を経たとき、人は成長することができる。変わることができる。その人が何らかの作品を作る人であれば、そこでやっと新しいものを生み出すことができる。

 売れないミュージシャンである野崎周一郎を主人公にした小説『猫の話をそのうちに』(松久淳/小学館)は、そんなことを気づかせてくれる小説だ。その物語では、大物ミュージシャンで飲み友達の黒沢と、曖昧な関係のままズルズルとつながっている野崎の元カノ・麻由子の2人が重要な役どころをしめているのだが、まず黒沢のキャラクターが強烈だ。

 金のない野崎に「たまには奢ってくれない?」と頼んだと思えば、高級キャバクラで遊んで14万8000円を払わせる。ミュージシャンとしての野崎を「プロとしてまだスタートラインにすら立ててない」と切り捨てる。そして、ハッキリ復縁せずにズルズルとつながっている野崎と麻由子の2人を前に「じゃあ今は、ただのセフレだ」「麻由子ちゃんは、そんなの望んでない。ねえ」とけしかける。

 読み始めは「なんだこのムカつく男は」と苛立ってしまうのだが、野崎をたびたび泣かせながらも、「イェーイ、シューサンいまどこ?」と懲りずに飲みに誘い、冗談とも本気ともとれるノリでときたま金言を発する。読んでいくうち、その底知れぬ魅力にとりこまれてしまうのだ。

 そして野崎の元カノである麻由子は、とにかく愛らしい。今は付き合っているわけでもないのに、一緒に神宮球場に野球を見に行くと、マスコットが出てくるたびに「周ちゃん周ちゃん」と声を弾ませ少女のように喜ぶ。野崎が麻由子の出身地の茨城を「いばらぎ」とワザと読み間違うと、口をとがらせ怒ってみせる。その何気ない2人の日常は輝いて見えるし、無邪気な麻由子の素振りには、野崎への確かな信頼と愛が伺える。

 だが野崎は、そんな彼女との関係をはっきりできない。ミュージシャンなのに、彼女への思いを歌詞にすることもない。人間は、いちばん身近で、大切な人にこそ素直になれず、自分の思いを口にするのも「そのうちに」と後回しにしてしまう。そんな人間の不器用な性(さが)が描かれているからこそ、本作は読んでいて苦しくもなるのだ。

 ちなみに黒沢が野崎を「シューサン」と呼ぶのは、名前の周一郎が由来ではなく、野崎がオナニーを週に何回するか聞かれたとき「週三です」と答えたから。本作は麻由子との恋愛のもどかしさに身悶える話でもあるが、「こんなバカで素敵なメンターがいる野崎は羨ましい」と思える話でもあった。しつこく飲みに誘われてはマジ説教で泣かされていて、ホントに大変そうだけど。

文=古澤誠一郎