生まれつき片腕がない名古屋三越の“おもてなしの達人”、「頑張ることの本当の意味」を教えてくれた先生… 5分で読める“心がほっとするいい話”

暮らし

公開日:2018/1/6

『心がほっとするいい話』(志賀内泰弘/イースト・プレス)

 寒さも厳しくなるこの時期に「心温まる話」を読んで、じんわり温かい気持ちになれたら、いつもより頑張れるかもしれない。元気がでないときに、つらいなと思ったときに、手にとってほしいのが、『心がほっとするいい話』(志賀内泰弘/イースト・プレス)だ。本書は、たった5分で読める「ほっ」とするショートストーリーを集めた1冊。明日からの毎日がちょっとラクになりそうな話を紹介しよう!

■片腕のおもてなし

 名古屋三越・星ヶ丘店に「おもてなしの達人」がいる。紳士服売り場で15年以上、接客を勤める近藤有香さんだ。彼女は生まれつき左腕がない。正確には、左腕のひじ先5cmしかない。体が不自由なはずの近藤さんだが、お客様から感動するお褒めの言葉を頂いた際に贈られる「YOUR BEST PARTNER」という社内表彰のバッジを身につけている。なぜ彼女はハンディを抱えながら栄誉あるバッジを手にすることができたのだろうか。

 近藤さんは生まれつき左腕がなかったが、幼い頃から彼女の両親は決して特別視して育てることはなかった。家族で買い物に出かけ、近藤さんがレジで会計をしているときでも、両親は近藤さんを黙って見守った。どんなときも「ハンディ」に負い目を感じることなく、「悪いことをしているわけではないから堂々としていなさい」と言ってくれた。この教育のおかげで近藤さんは「笑顔」「明るさ」「あきらめないチャレンジ精神」を身につけた。だから学校でも「できなくて、あきらめさせられる」ことはなかったそうだ。

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 もう1つ近藤さんにとって大切なエピソードがある。自動車教習所に通っていたときのことだ。路上教習の際、近藤さんは信号のない交差点で左折しようと、一旦停止した。そこへ右から車が直進してきた。ところが、そちらは一旦停止の標識がないにもかかわらず、スピードを緩めて先に行けるよう道を譲ってくれた。近藤さんはアクセルを踏んで左折しようとしたが、隣に座っている教官がブレーキを踏んでこう言った。

「あなたはいつも他人に気遣われることに慣れているのではありませんか?」

 この一言がズシリと心に響いた。その通りだったからだ。この一言が近藤さんを今に導いたのかもしれない。接客も、商品のラッピングも、その他の業務も、すべて普通の従業員にとってはあたりまえ。しかし左腕のない近藤さんが行うと、それを見たお客様は「スゴイ」と感動してしまう。「人に甘えているのではないか」。教官から言われた言葉を胸に、いつもそう自分を戒めながら働いている。お客様に気遣われず、自分に甘えず、ひたすら努力を続ける。「できないことはない」。笑顔で接客する近藤さんのバッジは、ひときわ輝いている。

■挫折を経験した向こうに

 岐阜県にあるトップ進学塾「志門塾」では、合格という「結果」も大切だが、結果に至るまでの「プロセス」がもっと大切だ、と掲げている。それを象徴するようなエピソードがこの塾にはある。

 かつてAさんという女子生徒がこの塾に通っていた。残念なことに彼女は学校の成績が良くない。中学校の先生からは「志望校を落とせ」と諭された。それでもAさんは「地元の進学校へ行きたい」と訴えた。悩みに悩んだ彼女は、志門塾の先生に相談した。すると先生は「よし、受けろ!」と即答。その瞬間から、Aさんと先生の闘いが始まった。先生はその責任を果たすべく必死に勉強を教え、Aさんも食らいついた。そして結果は……高校受験の掲示板にAさんの番号はなかった。志望校に落ちたのだった。

 人生が狂ってしまうような挫折。多くの人が塞ぎこんでしまう出来事だが、彼女は違った。合格発表から3日後、先生のもとに手紙が届いた。Aさんからだった。

「私は、先生と会わせてくれた神様に感謝しています。けっして後悔なんてしていません。先生は言っていましたよね。塾とは、勉強を教えるだけのところじゃないって。私は先生に頑張ることの本当の意味を教えてもらいました」

 Aさんはその後、第二志望の高校から、第一志望の大学へ無事合格。それから英語力を磨いて、なんと志門塾の先生になったそうだ。いつしか「志門塾の先生」がAさんの夢になっていたという。

「結果」は不合格でも、「プロセス」がよかったからこそ、それから彼女は自分の人生を生きることができた。失敗に負けない心を養い、挫折しても納得できる努力をしたから、彼女は夢を持ち、夢を叶えることができたのだ。

 人生とは失敗や挫折の連続。むしろうまくいくことの方が少ないかもしれない。だからこそ、その失敗や挫折で学べることがたくさんある。私たちは毎日必死に生きている。とても辛い日もあるが、その日を乗り越えたら、明日は笑顔になれるかもしれない。挫折の向こうに、輝く自分が待っているかもしれない。たった一瞬でもいい、立ちあがることができれば、それが明日につながる。せめて気持ちだけでも前向きになれたら、少しだけ心にゆとりができたら、一歩踏み出す足が軽くなるはずだ。一滴の「いい話」が読者の希望になれば幸いだ。

文=いのうえゆきひろ