オウム真理教とは何だったのか。地下鉄サリン実行犯・死刑囚Yとの交流の末に辿り着いた真実
公開日:2018/1/11
オウム真理教とは、地下鉄サリン事件とは、一体何だったのか。1995年(平成7年)3月20日、阪神淡路大震災から約2か月後のことである。午前8時頃、通勤ラッシュの営団地下鉄(現東京メトロ)の車両内で、化学兵器として使用される神経ガス「サリン」が撒かれた。死者は13人、負傷者は約6300人といわれている。東京消防庁が所有するスーパーアンビュラスという超大型の救急車が出動し、担架で次々と搬送されるサラリーマン。当該車両に入り除染をする、ガスマスクを着けた陸上自衛隊員。今もなお後遺症に苦しむ被害者。どれも日本の歴史に深く刻み込まれた、忘れてはならない凄惨な光景だ。
この凄惨なテロ事件を、私は“歴史”として学んできた。事件当日、私はまだ言葉も知らぬ0歳児だった。バブル崩壊ののち、阪神淡路大震災、地下鉄サリンと、完全に元気を失った後の日本とともに歳を重ねてきた世代だ。「頭のおかしな集団が、頭のおかしな動機でテロを起こした。実行犯は狂気の殺人マシンだった。」本当にそうなのか。それだけで片付けて、風化させておしまいなのか。メディアが映し出すものがいつも事件の全体像であるとは限らない。
確定死刑囚には、限られた数人の者のみが「外部交流者」として面会することが許される。地下鉄サリン実行犯の死刑囚Yとの外部交流者となった作家・羽鳥よう子を主人公とし、彼女の視点から綴る形で描かれた田口ランディ氏の小説『逆さに吊るされた男』(田口ランディ/河出書房新社)と出会えたことは私にとって大きかった。
田口ランディ氏といえば、引きこもりの末に衰弱死し、腐乱死体として見つかった兄を描いたベストセラー私小説『コンセント』(幻冬舎)を思い出す人も多いことだろう。死刑囚Yも、『コンセント』を読んで彼女を好きになり、外部交流者に指定したという経緯が本書中に描かれている。「この小説は、実際に起こった事件を題材にして書かれたフィクションです」と巻末に注があり、どこまでが著者の実体験なのかという線引きは難しいが、一読の価値がある小説だ。「警察も、マスコミも、世間も、間違った解釈でオウム真理教事件を過去のものにしてしまった。Yとの出会いは運命。私だけが、事件の真実に辿りつけるはず―」関係者に会い、教義を学んだ主人公、羽鳥よう子の視点から語られる事件の考察は、我々世間の解釈に大きな風穴を開ける。
世間からは「殺人マシン」とまで呼ばれた死刑囚Y。獄中の彼は礼儀正しく、穏やかで、几帳面な男だという。タロットカードの絵札の12番、「吊るされた男」はとても奇妙な図柄のカードで、Yはこの絵札の男にそっくりだと本書では語られる。事件の実行犯の中では最多の8人を殺害したYは、サリンの入った袋を“複数回”傘で強く突いて破ったその犯行の様子から、「殺人マシン」とマスコミによって命名された。しかし、「実行犯は『サリンの袋を突くのは“1回”のみにしろ。穴が少ないほうがじわっとサリンが染み出して被害が大きくなる』という指示を受けており、他の実行犯は皆1、2回突いていた」という事実も浮かび上がってくる。「善良なマスクの下に隠された凶暴性に突き動かされてメッタ刺しにした」というマスコミが構築した単純明快なストーリーとはかけ離れた複雑な背景の存在が本書には描かれている。
地下鉄サリン事件とオウム真理教を深追いするあまり、徐々に不安定になっていく主人公。彼女の視点から語られる事件の考察は、人がいかに「見たいものだけを見て」いるかということに気付かせてくれる。著者が込めた熱が読む人の心に迫ってくる作品である。
文=K(稲)
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