「有休」を知らない労働者たち―ブラック職場を生み出す社会の体質に労務弁護士が迫る

社会

公開日:2018/1/14

『ブラック職場 過ちはなぜ繰り返されるのか?』(笹山尚人/光文社)

「過酷な残業時間」「パワハラの横行」「強制的な退職勧告」など、ブラック職場はメディアでたびたび取り上げられ、問題視されている。現代日本にブラック職場が蔓延し、多くの労働者を苦しめている証拠だろう。しかし、それならどうしてブラックな企業体質は改善されないのか? そして、ブラック職場に気づいた時点で労働者が声をあげないのはなぜか?

『ブラック職場 過ちはなぜ繰り返されるのか?』(笹山尚人/光文社)は弁護士の立場から労務問題に取り組み続けている著者による新著である。著者はこれまでにも企業と労働者の間で生じた数々のトラブルを著作で取り上げ、問題提起を行ってきた。本書にも「ブラック職場がなくならない要因」という社会の核心に迫った内容がつまっている。

 話題になった事件や著者が手がけた案件を具体例として、本書は「ブラック職場」の現実を訴えかけてくる。たとえば、本書冒頭で紹介される2015年12月のいたましい事件だ。大手広告代理店・電通に勤務していた若手社員・高橋まつりさんが自殺し、三田労働基準監督署が「労災認定」を下した。高橋さんはうつ病を発症したとみられており、発症1ヶ月前の月残業時間は100時間を超えていた。著者は1991年や2013年にも電通社員が過労死している事実を引用し、繰り返し悲劇が起こってしまう企業体質に警鐘を鳴らす。

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 どうしてブラック職場は経営が改善されないまま放置されてしまうのだろう。「近視眼的な経営」や「競争率が高い企業に採用された後、職場に固執してしまう労働者の傾向」などがデータとともに提示される。中でも、「労働者側の意識」についての言及は多くの読者にとって目から鱗なのではないだろうか。たとえば、あるイベントで「休みが取れなくて結婚相手の実家に挨拶ができない」と相談されたとき、著者は「年次有給休暇を取ればいい」と提案した。しかし、相談者は年次有給休暇の存在さえ知らなかったのである。日本では労働基準法をはじめ、労働者の安全を守る仕組みが整備されているが、実際に詳しく学べる機会は少ない。社会で必要な知識が足りないまま就職した若者たちは、法律から外れた労働条件を受け入れてブラック職場で働くようになる。学生時代から教育の一環として労働基準法を学ぶ必要性を著者は説く。

 しかし、たとえ労働者が権利を行使してブラック職場に立ち向かったとしても「職場にいられなくなる」結果に変わりがないのが現実だ。著者は不当に解雇された労働者たちの弁護を引き受けてきたが、精神的にも法律的にも一度職場を去った労働者たちの復職は難しかった。特に、非正規雇用者が一方的な解雇通告を受ける事例は後を絶たない。アルバイトなどの非正規雇用者なくして多くの職場は成り立たないにもかかわらず、だ。

 本書によれば、現代日本では「ブラック職場に抵抗する術」も「ブラック職場を抑止する機関」も浸透していないという。そこで、著者はブラック職場をなくすために次の5点を提案する。

(1)労働法の規制強化
(2)法規制を守らせる仕組み、運用の体制を整える
(3)労働法とその使い方を周知させる
(4)労働者に抵抗力をつける
(5)利益至上主義の企業活動を改める取り組みを進める

 そして、徐々に経営者サイドからも「ホワイトな社会」実現に向けて、事業活動を真っ当にしていく試みがなされるようになった。たとえば、「ホワイト企業支援弁護団」という団体は、第三者的立場から企業が「ホワイト企業であるか」を検証し、「ホワイト認証」を行う。ホワイト認証された企業は内外ともに企業の健全さを示せるメリットがある。他にも、ブラック職場撲滅のための取り組みはあちこちで行われており、本書でも一部が紹介されている。繰り返される労務問題をなくすためには、社会人全員の意識改革が求められているのだ。

文=石塚就一