怪盗紳士と刑事が住む商店街で勃発する事件を解決するのは…? 小路幸也が贈る下町ミステリー「花咲小路商店街」シリーズ

文芸・カルチャー

公開日:2018/1/15

『花咲小路二丁目の花乃子さん』

 小路幸也氏の代表作といえば『東京バンドワゴン』。老舗古書店を営む大家族を中心に繰り広げられる下町人情シリーズだが、下町を舞台にした作品が他にもあるのをご存じだろうか。その名も、「花咲小路商店街」シリーズ(ポプラ文庫)。天井をアーケードが覆う古き良き商店街を舞台に子供から老人まで果敢に活躍する、小路幸也ファンなら見逃せない一作である。

 下町人情ドラマが主流と思われがちな小路氏だが、その出自は実はメフィスト賞。作品の神髄は“ミステリー”にあるといっても過言ではない。かつてイギリス全土を賑わせた伝説の大泥棒・怪盗セイントを父にもつ亜弥を語り手に、商店街の小さな事件がやがて商店街の存続が危ぶまれる大事件へと発展していく第1作『花咲小路四丁目の聖人』は、商店街という場所から連想される“日常系ミステリー”とはまるでちがう、壮大かつトリッキーな大作だった。

 まず〈Last Gentleman-Thief “SAINT”〉というネーミングからしてかっこいい。泥棒というよりは義賊だった彼のいまの名は矢車聖人、通称セイさん。小さな商店街でマンションと塾を営む平凡な英国紳士だ。妻の死後、とあるきっかけから泥棒稼業を復活し、商店街の若手男子・北斗と克己とともに正攻法では太刀打ちできない事件を解決していくのだが、その手際の美しさと大胆さたるや。商店街に立て続けに起こった不倫騒動がよもやあのような騒動につながり、あんなラストを迎えるとは。思わせぶりな形容ばかりで申し訳ないがそこは本編を読んでいただきたい。シャーロック・ホームズもアルセーヌ・ルパンもびっくりの奇抜さと痛快さが楽しめることを保証する。

advertisement

 2作目は赴任とともに里帰りした刑事が、同居の祖母に頼まれて非番の日も奔走する『花咲小路一丁目の刑事』。セイさんはじめ『四丁目』に出てきたキャラクターももちろん登場するが、あくまで刑事の“淳ちゃん”の視点で語られるのみ。刑事というより万事屋のように住民の悩み事を解決していく連作短編集なのだが、1作目を読んでいる人なら「このエピソードの合間で、◯◯が絶対に暗躍したな……」などと想像できるのも楽しい。さらにキャラクターたちの“その後”が垣間見えるのも嬉しい。

 それは3作目『花咲小路二丁目の花乃子さん』も同様で、こちらはいじめに巻き込まれて高校を中退し、従姉の花乃子が働く花屋でアルバイトしながら高卒認定試験をめざすめいが主人公。花乃子には実は不思議な能力があって、めいは彼女とそして“花”とともにやはり商店街の事件を解決していくのだけれど、3視点で語られる商店街とその住民たちは、それぞれに見せる顔が少しずつちがうため、その隙間に匂いたつ、描かれていない物語を想像するのがこれまたいたく楽しいのである。

「普段の刑事のおめぇは疑うことから始めるのが仕事なんだろうけどよ。休みの日は信じることで終わってみるのも一興じゃねぇのか」。2作目で淳ちゃんが祖父に言われたこの言葉。閉ざされた社会で色濃く展開する人間関係は、必ずしも美しいものばかりではない。事件は起こるし、その裏では誰かが傷つく。だがそれでも、人と人はつながらずに生きてはいけないし、人を支えるあたたかいものが必ず存在するのだと、読者に信じさせてくれる物語である。

文=立花もも