脳は効率的にさぼる! 生命維持を優先させるために脳がやっていることとは?

暮らし

更新日:2018/2/13

『ざんねんな脳 ―神経科学者が語る脳のしくみ―』(ディーン・バーネット:著、増子久美:訳/青土社)

 食品添加物を怖がる人が、一方で科学的に精製された食塩を避け自然塩を好んだりするから不思議だ。自然塩はミネラル豊富というのが理由らしいけれど、それはつまり不純物が多いということでもある。安全性が検証されている添加物は怖がるのに、何が含まれているか把握しきれない不純物については不安を抱かないというのはどういう訳か。おそらく、築地市場の豊洲への移転でも問題になった、安全であることと安心であることを混同しているからなのだろう。往々にして人間は、論理的に考えた結果として非論理的な結論に辿り着いてしまうことがあるのは何故なのか。

 この不思議な脳の仕組みを、『ざんねんな脳 ―神経科学者が語る脳のしくみ―』(ディーン・バーネット:著、増子久美:訳/青土社)の、神経科学の第一人者にしてコメディアンでもある著者が解き明かしてくれる。

 本書によれば、脳の大部分は生きていくうえで必要な生理学的な処理に費やされており、この原始的特質を制御する領域である脳幹と小脳を「爬虫類」脳と呼ぶという。そして、進化の過程で人類がさらに伸ばしてきた能力「意識、注意力、認知、推論」はすべて、大脳の新皮質が司っている。この関係を著者は、自分より経験が乏しく口うるさい上司から不適切な命令が下される、非効率的な職場環境にたとえている。爬虫類脳は、太古からの経験で効率的に体を維持管理しているのに、新皮質は食事を終えた直後でも「いや、まだ食べられる」と命じて、「もう空きはない」と告げる爬虫類脳の異議を却下することがある。これがいわゆる「デザートは別腹」というもので、経験した人は少なくあるまい。

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 生命の維持をするために、脳は驚くほど多種多様な情報を受け取っており、その一つひとつを検証して意味を把握し判断するとなると、とても脳の処理が追いつかなくなる。そこで脳は、ある種のパターンを学習して重要度や危険度などを選別することによって、自らの負担を軽減するそうだ。ここで興味深いのが知能の測定手段であるIQテストで、多くの人は数値が高いほど賢いと思っているだろう。しかし著者は、特大の南京錠がかかった門があった場合、それを開ける方法を考えなかったとしても、状況を観察して推論し開ける「必要がない」と判断するのなら、それもまた知能であると指摘している。

 どうやら脳は、なにかにつけて生命活動を優先するらしく、危険なことには特に敏感で恐怖感を抱きやすいという。ところが困ったことに脳は、そうやって積極的に脅威を探し出しておきながら、無秩序なものごとを上手く処理できず嫌い、パターン化することを好む。その例で分かりやすいのが陰謀論や迷信などを信じ込むことで、陰謀論を唱える人は、特定の個人なり組織が世界を動かしているとするが、これは著者によれば「そうでないよりもまし」と確信しているからだそうだ。つまり、原因が分かりやすいほうが人間は安心し、脳は余計な負担をせずに済む。そして奇妙なことに、恐怖を感じるのとお菓子などを食べて得られる満足感は、どちらも脳の同じ領域に依存していると考えられ、ホラー映画やバンジージャンプなどを好む人がいるのは、秩序ある恐怖ならば脳は快感を覚えるということらしい。

 してみると、食品添加物を怖がるというのは生命維持を優先しつつ処理を軽減しようという脳の効率的な働きによるものなのかもしれない。実際には添加物と云っても一括りにはできず、それぞれの利点と欠点を検証した安全性に関する資料に目を通して判断しなければならないが、そんなことをいちいちするより問題を単純化したほうが楽というもの。暗算が苦手で物覚えが悪い私は自分を馬鹿だと自覚しているけれど、どうも余計なことを考えてしまう効率の悪い脳であるようだ。

文=清水銀嶺