上野動物園元園長が語る動物園の舞台裏。東日本大震災の時、動物園はどんな場所になったのか?

暮らし

2018/1/21

『動物園ではたらく(イースト新書Q)』(小宮輝之/イースト・プレス)

 現在「シャンシャンフィーバー」で熱を帯びている上野動物園。都民の憩いの場として常に人気のスポットだ。私自身も動物園が大好きで、上野動物園にもよくお世話になっている身。人生に悩んでいた大学時代、糸がプツンと切れそうになったときに駆け込むのはいつも上野動物園だった。やつれた顔でサル山の前に座っていると、自然とほっこりとした気分になるのだ。そんな上野動物園の元園長でもある小宮輝之さんの著書、『動物園ではたらく(イースト新書Q)』(イースト・プレス)をご紹介したい。1972年に多摩動物公園に飼育係として就職し、上野動物園、井の頭自然文化園、多摩動物公園を渡り歩き、2004年から2011年まで上野動物園園長を務めた著者の動物園人生が本書には詰まっている。そんな著者でなければ語れない動物園のお話を覗いてみたい。

■東京生まれのツルの困りごと(多摩動物公園飼育係時代)

 人工孵化で育ったツルは、飼育係を親と思い込み、自分自身がツルであることを自覚できなかったという。飼育係に駆け寄ってつついてじゃれる姿は一見すると可愛らしいものだが、大きなツルの尖ったクチバシや爪は、実は結構危険なのだ。問題はこれだけでなく、自分をツルだと認識できないいわゆる「欠陥ヅル」は生殖ができず、人工授精が成功しても、生まれた雛をつつき殺してしまったという。

 そんな「東京生まれ」のツルに、自分はツルであるという認識を持たせるための試みが実におもしろい。孵化する前の卵の中でも雛は音を聞き分けているため、録音した親鳥の鳴き声を卵に聞かせると孵化した後に自分の親をツルだと判別できたのだ。この試みにより、卵の段階からの親との会話がいかに重要であるかというデータが取れたのだ。また、成長してからもツルとしての自覚を持たせるために鏡を貼り付けた飼育箱で育てたのだという。まさに舞台裏の話である。

■東日本大震災、そのとき動物園は…(上野動物園園長時代)

 2011年3月11日。東日本大震災発生時、著者はヘルメットをかぶって園長室を飛び出し、動物たちの様子を見に行ったという。アイアイは地震発生直前に突然枝から枝へ激しくジャンプをしはじめ、人間より早く地震を察知したようだという報告も上がったそうだ。こういった非常時の観察記録を得られるかどうかは、たまたま飼育係が動物のそばにいるかどうかと、普段とは異なる行動を察知する観察能力の有無にかかっているのだ。

 上野動物園は動物舎に大きな損傷はなかったため翌日も通常開園したが、土曜日なのに子どものいない、いつもと違う静かな動物園だったという。そんな動物園の入場者の多くは、背広にコート、鞄を持ったサラリーマン風の人で、ひとりでたたずみ動物を眺めていたのだ。上野駅周辺で帰宅難民となった人々は、動物たちを眺めて、なにかホッとしているようだったと著者は当時を振り返る。人に癒しを提供するという特徴も、動物園の大きな役目だと再認識させられる話だと感じた。

■動物園の役割とは?

 動物園の役割は「教育」「研究」「レクリエーション」「自然保護」の4つであり、近年では「種の保存」「教育環境」という分野にも発展してきたと著者はいう。それでもやはり、東日本大震災の時の様子からもうかがえるように、変わらず根底にある動物園の役割は「人の心を癒し、笑顔にすること」なのだ。

「もし逃げ場所がなければ、動物園にいらっしゃい」。上野動物園の公式Twitterアカウントが、昨年の8月30日に発信したツイートである。このツイートは瞬く間に拡散され、さまざまな報道機関でもニュースとして扱われた。内閣府の調査によると、18歳以下の自殺率が最も高いのは新学期の始まる9月1日であり、悩みを抱える子どもに向けられたこの温かいツイートは大勢の人々の共感を得たのである。

 本書には動物園に人生を捧げてきた著者でなければ語れないような舞台裏の話が詰まっている。そして、動物園とはどんな場所なのかということを再認識させられた。

文=K(稲)