発達障害の妻の気持ちを理解できたのは、夫自身も脳に障害を抱えたから――高次脳機能障害を抱えた著者が説く「理解」とは

ライフスタイル

2018/1/23

『されど愛しきお妻様』(鈴木大介/講談社)

 メディアが「発達障害」を取り上げるようになって、苦しみや生き辛さを抱えている人々に光が当てられ始めた。発達障害を抱える人々の特徴、関わり方や対策、その治療、実は秘められている才能など、あらゆる面が見え始め、お互いに歩み寄れる社会になりつつあると感じていた。

 しかし『されど愛しきお妻様』(鈴木大介/講談社)を読むと、まだまだ理解が足りないと感じる。本書は発達障害を抱える人ではなく、その周囲で一緒に苦しんでいる人に読んでほしい。メンタルをこじらせた恋人ではなく、そのパートナーに読んでほしい。発達障害を抱えた人やメンタルをこじらせた人は、その隣にいる人の「無理解」にも苦しんでいるのだ。

■発達障害を抱えた「お妻様」

 本書のあらすじをご紹介しよう。著者の鈴木大介さんは、発達障害を抱え、メンタルもこじらせてしまった「お妻様」と出会い、結婚した。お妻様は、発達障害を抱えるせいで、子どもの頃から窮屈な思いをしてきた。お妻様の母親から「お前はダメな子だ」と叱責され、愛情を満足にもらえなかった。その結果、鈴木さんと出会い、そして同棲する頃には、毎日のようにトイレでリストカットを繰り返した。

 鈴木さんはリストカットを繰り返すお妻様を理解しようと努力したが、それでもきつい言葉を投げつけてしまった。片付けも、洗濯も、食器洗いさえもできないお妻様に、「なんでそんなこともできないのか?」となじった。フリーランスで働く鈴木さんに時間や金銭的余裕があれば、もう少し優しくできたかもしれない。それでも、昼過ぎに起き出して、家事もやらずにゲームを始めるお妻様の姿を見たら、誰だってきつい言葉を投げたくなる。

 しかしある日、お妻様が脳腫瘍で倒れてしまった。生死をさまようお妻様を見て、ようやく鈴木さんは、お妻様を支えていたのではなく、お妻様に支えられていたことを知る。

 お妻様の規格外のパーソナリティーを愛していた鈴木さん。それだけではない。鈴木さんは、社会の裏側に生きる人々に取材をして記事を書く仕事をしている。なかには深い心の闇を抱える人々にも取材をして、読者にリアルを伝えていく。仕事の帰りは、心の闇に引っ張られ、どうしようもなく叫びだしたい気持ちになる。そんなとき、お妻様の「水族館行きたい」という勝手な一声が、鈴木さんを強引に現実に引き戻してくれた。家に帰ると、ステテコ一丁でごろんと寝転がるお妻様を見て、とてもありがたく感じた。鈴木さんはお妻様を支えているようで、支えられていたのだ。お妻様は、なくてはならない存在になっていた。

 脳腫瘍の中で最も悪性の高い「膠芽腫」から奇跡的に回復したお妻様だったが、5年後の生存率は8%。そんなお妻様を支えるべく、鈴木さんは家事も仕事も、今まで以上に全力を出した。その結果、今度は鈴木さんが脳梗塞で倒れてしまった。頑張りすぎたのだ。その後遺症として、鈴木さんは高次脳機能障害を患う。

 だが、鈴木さんはこれを「僥倖」という。高次脳機能障害という、発達障害に似たような症状を患うことで、初めてお妻様の気持ちが、お妻様が見ている景色が見えたというのだ。

■お妻様の「できる」を増やしていく

 鈴木さんは、日常でできていたあらゆることができなくなった。レジで支払う釣銭が出せない、探し物が見つからない、人の話が聞けない。他にも様々な症状が現れ、その度に困った。しかしそれは、鈴木さんが今まで取材してきた社会の裏側の人々やお妻様の姿と重なった。

 たとえば、探し物が見つからない「注意障害」。人は視野に入るものすべてが見えているわけではなく、「そこに物がある」と認識して初めて「見える」。机に置いてある財布も、認識できなければ、いつまでたっても存在しないことになる。お妻様も「注意障害」を抱えており、食器を片付けるときも平気で箸やコップを残していくし、物が置いてあるところに平然と座ってしまう。鈴木さんはいつも「なぜだ?」と疑問に思っていたが、いざ当事者になると理解できた。これは注意して直るものではない。ならば、なにができるだろうか。

 高次脳機能障害からかなりのところまで回復した鈴木さんは、お妻様と気持ち良く生活するため「環境」を変えていった。たとえば、お妻様が片付けしやすいよう、机の上からできる限り「物」をなくした。鈴木さんにとっては「机の上に置かれた本」でも、お妻様にとっては「片付けの妨げになる物」だ。

 鈴木さんは「遂行機能障害」も抱えた。だからこそ、お妻様にこのような指示をするようになった。たとえば洗濯の手伝いをお願いするとき、まずはゲームをしているお妻様に「ゲームストップ~。ちょっとお願い~」と言い、待機状態にさせる。決して「洗濯物手伝って」とは言わない。ゲームのセーブ中に指示を忘れてしまうかもしれないからだ。

「ゲームやめたよ~」と言いながらやってきたお妻様に、鈴木さんは「洗濯乾燥機の中から洗濯物を持ってきて」と指示する。いきなり「洗濯物を片付けて」と言わないのには理由がある。「洗濯物を片付ける」とは「洗濯乾燥機から洗濯物を取り出し」「洗濯物を畳み」「洗濯物をあるべき場所にしまう」という3つの作業の集合体。「遂行機能障害」とは、その3つの組み立てができないことだ。だからお妻様には随時作業を指示していく。算数で習う約分のように、徹底的に割り切れなくなるまで作業を細かくして、その都度指示を出していくのだ。

■苦しみを理解する

 ここまで読んで、「そこまで指示しなくても分かるだろう」と思う人は、非当事者、つまり「無理解」な人の傲慢だ。お妻様の場合、このように指示しないと、作業を投げ出して別のことを始めてしまう。作業中に別のことに気を取られ、洗濯物を忘れてしまうのだ。無理解な人は、それを平気でなじる。結果、お互いの関係が壊れ、苦しむことになる。

 今、発達障害を抱えている人との関係で苦しんでいる人がいるならば、それはお互いの「無理解」からくるものではないだろうか。鈴木さんも高次脳機能障害を患い、そこからある程度回復することで、お妻様を理解し、助け合う関係が築けた。しかし高次脳機能障害を患わなければ、「夫婦関係は空中分解していた」と言い切っている。お妻様に「なぜそんなこともできないのか」と言い放っていたあの頃は、「精神的なDVに近かった」そうだ。

 鈴木さんが高次脳機能障害によって気持ちが高ぶって抑えられないとき、お妻様は鈴木さんの背中を何も言わずにさすった。「辛いよね。分かるよ」と言うようにさすった。たったこれだけで鈴木さんの気持ちは少しずつ静まっていった。この経験を通して鈴木さんは、ようやく気づいたことがある。お妻様がリストカットを繰り返し、苦しんでいたあのとき。お妻様は鈴木さんに、血だらけになったトイレの掃除を望んでいたんじゃない。「辛いよね」と言いながら、背中をさすってほしかった。抱きしめてほしかったのではないかと。

 本当に辛いとき、苦しんでいるとき、私たちはまず「その気持ちを理解してほしい」と願う。「苦しいね」という共感や理解の一言で救われる。発達障害やメンタルを病んで苦しんでいる人がいるならば、まずは「なぜ苦しんでいるのか理解する」ところから始めるべきだ。そしてお互いが生きやすい環境づくりを目指していく。私たちの「無理解」が誰かを苦しめていることに気づくと、それだけで私たちの世界が少しだけ救われるはずだ。

文=いのうえゆきひろ