First Loveから最新曲まで、宇多田ヒカルの奥深い歌詞の世界

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公開日:2018/2/4

『宇多田ヒカルの言葉』(宇多田ヒカル/エムオン・エンタテインメント)

 宇多田ヒカル。言わずと知れた、日本を代表するアーティストだ。デビュー20周年を迎えた今も日々進化し続ける彼女の、あの恐ろしいほどの魅力の正体は一体全体何なのか。「天は二物を与えず」とはよく言われるが、卓越した曲作りと詩のセンス、艶やかな歌声とその容姿、コロンビア大学に飛び級入学するほどの頭脳、類稀なる生育環境にいたるまで、音楽の神様は宇多田ヒカルという少女に多大なる「ギフト」を与えた。20年以上に渡って天賦の才を枯らすことなく磨き続ける彼女、私も長年の大ファンである。

 日本国内の歴代アルバムセールス1位の記録を保持する伝説の1stアルバム「First Love」から、彼女の新たな境地が垣間見える最新曲にいたるまで、全75編の日本語歌詞が執筆順に掲載された新刊『宇多田ヒカルの言葉』(宇多田ヒカル/エムオン・エンタテインメント)を本稿ではご紹介したい。夜間に車を運転するときにはいつも決まって宇多田ヒカルを流している私だが、改めて書物として活字の歌詞を読んでみると、新たな世界の発見があり実におもしろかった。彼女の詩を純粋に掘り下げることにより、「宇多田ヒカルの言葉」という世界の構造が浮き彫りになってくるのが本書の魅力だ。

ありがとう、と君に言われると
なんだかせつない
さようならの後も解けぬ魔法
淡くほろ苦い
The flavor of life

 宇多田ヒカルの歌詞の世界は、深く潜れば潜るほど、厚みが増し、そしてわからなくなる。彼女の卓越した作曲センスにより編まれたメロディの上に乗せられた詩は、聴く者をミステリアスで心地の良い世界へと誘う魔法だ。上に引用した詩は、彼女の大ヒット曲「Flavor Of Life」(2007年)の冒頭のサビ。直後の1番の詩は以下のように続く。

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友達でも恋人でもない中間地点で
収穫の日を夢見てる 青いフルーツ

あと一歩が踏み出せないせいで
じれったいのなんのってbaby

 詩の世界の骨格がはっきりと見えてきたのではないだろうか。しかし、この先が「宇多田ヒカルの言葉」の醍醐味。歌詞の世界は曲の中盤から終盤にかけて、予想外の方向に動き始める。

忘れかけていた人の香りを 突然思い出す頃
降りつもる雪の白さをもっと 素直に喜びたいよ

ダイアモンドよりもやわらかくて
あたたかな未来 手にしたいよ
限りある時間を 君と過ごしたい

 そして冒頭と同じ詩のサビを繰り返し、曲は切なげな余韻を残して終わる。

 明確に把握できたと思っていた世界が急に揺らぎ始めるのが宇多田ヒカルの詩の魅力のひとつだと、私は思う。「片思いの切なさ」のような単調な世界がガラリと変わり、物語の解釈に大きな幅が生まれる。それは決して単純な「お茶濁し」などではなく、人間の恋愛や内面探索の本質を突いているように思えて仕方がないのだ。

 また本書には、吉本ばなな氏、最果タヒ氏、水野良樹氏、SKY-HI氏、石川竜一氏、河瀨直美氏、糸井重里氏、小田和正氏といった各界を代表する著名人8名が彼女について語った文章も収録されている。各人が専門の視点から宇多田ヒカルの言葉を解剖した文章は、幅広い歌詞の解釈において新たな視点や知識を与えてくれるだろう。みなさんも宇多田ヒカルの言葉の世界にtravelingしてみてはいかがだろうか。

文=K(稲)