日本の証券取引所のルーツは“米”?! 株につながる有価証券の歴史をひもとく

ビジネス

公開日:2018/2/7

『日本経済の心臓 証券市場誕生!』(日本取引所グループ:著、鹿島茂:監修/集英社)

 経済の象徴であり、景気のバロメーターでもある株価。日経平均株価は1月23日に2万4000円に到達した一方、2月初旬には米株急落の影響を受けて大きな下げ幅を記録した。時機を読んだ投資家たちにとってはその好調ぶりが目に浮かぶ。
 株などの投資や投機で儲けた人はいつの時代にもいるもので、『日本経済の心臓 証券市場誕生!』(日本取引所グループ:著、鹿島茂:監修/集英社)によると、さかのぼればなんと江戸時代から存在していたそうだ。しかし当時に株の概念はない。ならば何で儲けていたのか。なんと、“米”だ。それが現代の株にどのようにつながるのか、本書より少しだけひもといてみよう。

■有価証券の原型となった「米切手」

 話は、豊臣秀吉の天下統一後までさかのぼる。戦乱が終わり、平和な世が訪れたおかげで、日本各地で城郭建築や新田開発が盛んに行われた。そのため外から購入する木材や肥料が増え、各領国は資材購入などのために貨幣が必要になった。従来、米を含む生産物は、農民や家臣が領国内の米問屋などで換金していた。しかし物量的に限界がある上に、現代のような輸送手段がないので、換金のために遠方まで運ぶことはできない。より高くより多くの米を売却しようと行き着いた先が大坂(大阪)だった。
 江戸時代になると、西国の大名たちは各藩の農民から年貢として徴収した領主米の一部を大坂に運んで売却する動きを見せ始める。豊臣政権下で蓄えた経済的豊かさが江戸時代になっても衰えることなく、東西の交通の要でもあった大坂は、米の流通・換金において全国で圧倒的に有利だったのだ。17世紀後期(=寛文期から元禄期にかけて)には、西国と北陸を合わせて190万石の領主米が持ち込まれた。現代の単位に直すと、28万5000トン。その価値は1400億円を超える。

 初期の米取引は、領主米の販売を委託された米問屋が、店先に米仲買人を集めた米市によって行われた。しかし、藩にとって委託販売は管理が面倒だったので、大坂に領主米を保管する蔵を建てて、そこに実務担当者(=蔵役人)を配置するようになる。藩の財政を左右する蔵役人は、仲買人に思惑通りの値段で米を買わせ、資金を調達する役目があったので、そのうち蔵役人同士が談合を始める。これが大坂の「蔵屋敷」の発端となった。
 この蔵屋敷で米が売買(=入札)されるのだが、どうしても米は重くてかさばる。その結果、発行されたのが「米切手」だ。蔵屋敷はこの米切手を用いて米を売却し、後日、仲買人が米を引き取りに来る。当初は、このような「米の保管証書」の役割を果たしていたが、市場が高度化すると、不特定多数の人の間でやりとりされる「有価証券」としての役割に変わり始める。米の高騰を予測して米切手を大量に購入したり、それを自由に転売したり、さらには藩の財政(ファイナンス)を支える「藩債」としても活躍することになった。
 米切手の誕生は、現代の証券取引所の原型が誕生した瞬間でもあったのだ。

advertisement

■米の相場で大儲けした「本間宗久」

 米切手の誕生によって、ますます大坂の米市場は賑わいだし、そのうち大坂米市場が全国の米価格に大きな影響をもたらし始める。見かねた江戸幕府8代将軍徳川吉宗は、米の市場統制を目的に、世界初の公設の証券先物取引所・堂島米市場を開設する。吉宗が「米将軍」と呼ばれたゆえんだ。このほか、久留米藩(=福岡県久留米市)が架空の米切手「空米切手」を発行し、緊縮する財政を支えようと、すったもんだした事件も本書に収められている。
 どちらの経緯も興味深いのだが、筆者は、ここで最後に「本間宗久」なる人物をご紹介したい。
 宗久は、堂島の米相場で大儲けした相場師で、酒田(=山形県酒田市)で開かれる米相場に参加していた。大坂の米相場が全国の米価格に影響することに目をつけた宗久は、選りすぐりの飛脚を雇い、その情報をいちはやく探らせた。当時のシステムでは、酒田に大坂の米相場が伝わるまで2週間以上を要していたが、宗久は1週間でその情報を仕入れた。
 今の株式相場では、投資する企業の状況やその製品市況などを徹底的に分析した「ファンダメンタル情報」を重要視する。宗久は江戸時代に生きながら「ファンダメンタル情報」の概念を用いて、相場の上下を分析していたのだ。高給な飛脚を雇うリスクを恐れず、誰よりも早く大坂の相場を知ることで、安く米札(=酒田で流通した米切手)を仕入れ、高く売却し、富を築いた。元手だった金250両と田地88俵を、一時は10倍にまで増やしたのだから、もはや鬼才というほかない。

 本書ではこの後、東京証券取引所や大阪取引所が誕生する軌跡を、明治・大正・昭和を通して、じっくりと紹介している。
「米切手」に負けない各時代のストーリーが収められているので、株で大儲けした人もこれから株を始める人も、技術的なことだけでなく、江戸時代から辿る日本の証券取引所のルーツを学んでみてはいかがだろうか。

文=いのうえゆきひろ