なぜそこまで高価なのか?! ヴァイオリン銘器の歴史と真価に迫る

文芸・カルチャー

公開日:2018/2/8

『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』
(中野雄/文藝春秋)

 16世紀半ばから18世紀にかけて北イタリアを中心に誕生したヴァイオリン、ヴィオラ、チェロといった弦楽器の銘器。比類ない美音、破格の価値をもち、時に人類の至宝とまで呼ばれているが、いまだ多くの謎に包まれている。現代科学でも解析できない楽器の真のすごさはいったいどこにあるのか。
 レコード制作、オーディオの製造販売を経て、ベテラン音楽プロデューサーとして幅広く活躍している中野雄氏がその難題に迫ったのが、『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』(中野雄/文藝春秋)だ。

■楽器の真価は、果たして耳で聴きわけられるのか――

 クラシック音楽やヴァイオリンに詳しくない人でも、「ストラディヴァリウス」の名前はニュースなどで聞いたことがあるだろう。
 本書の導入はまずわかりやすく、と楽器の値段の話題から入る。世にいうデフレやインフレと関係なく異常な価格急騰ぶりを続ける銘器たち。例えば、ニューヨークに現れた一線級のヴァイオリン(1736年製作のグァルネリ・デル・ジェス)の価格は10億円を超えたという。なぜこんなに高いのか。それだけの普遍的な芸術価値とは何なのか。クラシック音楽に詳しくない読者をも、銘器の迷宮へといざなっていく。

 そのヒントとして挙げられているのは「聴き比べ会」だ。過去の名工が製作した銘器とともに近年作の楽器の音を、楽器が見えないように演奏して聴き比べ、楽器の名前を当てるという試みだ。これまで世界中で幾度となく繰り返されてきたが、いかなる有識者や音楽家をもってしても、その判定は困難を極めてきた。かえって新作楽器の音のほうが高く評価されるケースもある。
 ちなみに、本稿の記者もかつて同様の聴き比べ会に参加したことがあるのだが、もちろん皆目見当がつかなかった。100人余の聴衆が下した判定結果も、バラバラという惨憺たる結果であった。

advertisement

 しかし著者は、この聴き比べ会は無意味であると断じている。その場で手渡された楽器を弾いて印象批評を求める行為に意味はないというのだ。なぜなら、楽器が演奏者による充分な弾き込みを経ていないからだ。楽器というものは、膨大な時間にわたる演奏者の努力、いわば「演奏家と楽器との対話」を経て、初めてその性能を発揮できるようになるのだ。
 その実例として、往年の名演奏家たちと愛奏した楽器とのエピソードを数々紹介している点は、クラシック音楽に造詣の深い愛好家にも読み応えがある内容だ。これらの逸話を念頭において各々の音源を聴くことは、銘器の特徴を知るための良いヒントにもなるだろう。

■楽器の歴史を知るガイドブックとしても秀逸

 弦楽器のガイドブックとしては、楽器の形状や音の特徴、歴史的背景や製作した名工たちの系譜が体系的に解説されている。興味深いのは、ヴァイオリンという楽器が1550年頃につくられた時代から現代にいたるまで、基本的構造に何ひとつ手が加えられていないということだ。つまり、最初期から既に完成されていたということ。木の箱に弦を張ったに過ぎない小さな楽器が、以後400年以上にわたって人々の心を感動させ続けている、その奇跡に著者は注目している。

 北イタリア・クレモナ地方で活躍した名工の二大巨頭、アントニオ・ストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェス。その生涯と作品が親しみやすく丁寧に解説されているのも、本書の特色といえよう。常に新しいことに挑戦し探究心の一本道を突き進んだ、誠実・温厚なストラディヴァリ。一方、気が向くと狂ったように製作に打ち込んだ、荒削りな天才肌グァルネリ・デル・ジェス。それぞれの製作と代表作を追いながら、個別の名前がつけられ現代に伝わる銘器や代々のコレクターなどが綴られている。

 多くの銘器を生んだクレモナにおけるヴァイオリン製作が黄昏を迎えるのは18世紀の終わり頃で、その後伝統は完全に絶えてしまったという。そのきっかけはヴァイオリン製作者に対する周囲の心ない嫉妬心であったというから驚きだ。それから現代に至るヴァイオリン製作の復活が丹念に綴られているのも非常に興味深い。

 雲の上の存在だと思っていた有名楽器の名工の活躍が生き生きと描かれ、なぜか身近な存在にまで感じられる読後感。弦楽器やクラシック音楽の入門書としてもぜひおすすめしたい。

文=荒井秀子