染谷将太主演映画『空海』原作は、エンタメ要素てんこ盛り、夢枕獏の「ど傑作」!

文芸・カルチャー

更新日:2018/3/19

『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(夢枕獏/KADOKAWA)

 2月24日に全国公開される染谷将太主演、チェン・カイコー監督の話題作『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』。その原作が『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(夢枕獏/KADOKAWA)だ。文庫本にして全4巻、総ページ数1900を超えるこの小説は、『陰陽師』『神々の山嶺』などで知られるベストセラー作家・夢枕獏が1988年から2004年まで足かけ17年にわたって書き継いだ渾身の大作である。

 物語の舞台となるのは、唐と呼ばれていた9世紀初頭の中国。唐の都・長安では、役人・劉雲樵の屋敷に化け猫が取り憑き、雲樵の妻を寝取ったうえで、皇帝の死を予言するという怪事件が発生する。一方、徐文強という男の綿畑では、どこからともなく薄気味悪い話し声が聞こえるようになる。皇太子が倒れる、という不吉な会話を聞いた徐は、いてもたってもいられず役人に手紙を書いた。じわじわと長安を覆い始めた暗い影。密教の奥義を学ぶため、日本から渡ってきたばかりの若き留学僧・空海も、否応なく一連の事件に引き寄せられてゆく……。

 本作の魅力をこのブックレビューで言い尽くすのは難しい。エンターテインメントのあらゆる要素を、大鍋に投入してぐつぐつ煮込んだかのような贅沢な小説だからだ。そのなかでも特に際立っている要素をあげるなら、やはり主人公・空海の卓越したキャラクターだろう。

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 仏教知識の豊かさはもちろんのこと、各国の宗教や語学、詩歌や呪術にまで通じた万能の天才。といっても堅物ではなく、僧侶でありながら色町にも出入りする懐の深さを持ち合わせている。国や言葉の違いをやすやすと飛びこえ、聖と俗を超越した人間性で会った相手を魅了する。著者は若き日の留学僧・空海を、そんなスケールの大きな男として描いている。空海のことをほとんど知らない読者でも、印象的なエピソードを満載した1巻の第1章を読み終えるころには、すっかりそのキャラクターに魅了されているはずだ。

 そして本作の裏主人公とも言えるのが、長安の都である。9世紀当時の長安は世界に類を見ない大都市であり、人口の100人に1人が外国人という国際都市。日本、朝鮮半島、チベットなどのアジア諸国はもちろん、中東やインドからも多くの人が訪れ、仏教、道教、ゾロアスター教、マニ教、イスラム教、ネストリウス派キリスト教など多彩な宗教が信仰されていた。ここでなら何が起こっても不思議ではない。いや、きっと何かが起こる。そう読者に信じこませる混沌とした賑わいが、作者の描く長安にはある。

 やがて一連の怪事件は、玄宗皇帝の治世に起こったある悲劇へと繋がってゆく。絶世の美女として名高い楊貴妃の謎に、若き天才・空海が挑むという構図には、歴史好きならずとも興奮させられるものがあるし、白楽天、柳宗元、韓愈、恵果、李白、安倍仲麻呂など、唐代を彩った才人がオールスターキャストで登場するのも楽しい。

 そのほかにも、空海と橘逸勢の名コンビぶり、随所で語られる空海の密教思想、『陰陽師』シリーズを思わせる呪術合戦など読みどころは満載。タイトルの由来になった「宴」シーンも圧巻で、著者が「ど傑作を書いてしまった」と自負するのもうなずける。

 先日マスコミ向け試写で一足先に『空海―KU-KAI―美しき王妃の謎』を鑑賞した。「読んでから見るか 見てから読むか」というのは、1970年代角川映画の有名なキャッチコピーだが、この作品に関して言うなら「読んでから見る」が正解ではないだろうか。俳優陣の熱演と、唐代を色彩鮮やかに再現した映像世界をぞんぶんに味わうには、一応の時代背景をあらかじめ理解しておいた方がいいからだ。

 本好きでも2000ページ近い小説を読む機会はそうないだろうが、読み始めたら一気呵成、ページを繰る手が止まらなくなるので、この機会にぜひ。

文=朝宮運河