人間はネコに手なずけられている!? ヒトを進化させたネコの真実

暮らし

公開日:2018/2/13

『猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで』(アビゲイル・タッカー:著、西田美緒子:訳/インターシフト)

 年明けに、猫好きにはショッキングなニュースが飛び込んできた。猫や犬からうつるコリネバクテリウム・ウルセランス感染症による死者が、国内で初めて確認されたというのだ。この原因菌は人から人への感染例は少ないものの、喉の痛みや咳といった症状が風邪と見分けがつきにくく、国内では感染症法に基づく届け出の義務がない珍しい病気のため、発症していたとしても見逃されている可能性がある。死亡が確認された患者は屋外において餌をやっていた猫からの感染が疑われており、屋内で飼っている場合も注意が必要なようだ。

 そうは云っても猫を飼ったことのある人なら、顔を叩かれて起こされたなんて経験があるだろう。かつて私が飼っていた猫は、布団に入り込んできて尻尾を顔に乗せてくるものだから、誤って口に咥えしまったのは一度や二度ではない。そんな猫について、「人間はネコに手なずけられている」と論じているのが『猫はこうして地球を征服した: 人の脳からインターネット、生態系まで』(アビゲイル・タッカー:著、西田美緒子:訳/インターシフト)である。

 著者はスミソニアン協会が発行する『スミソニアン』誌の記者で、猫に関する科学や文化などを多角的に取材し調べている。ネコ科の動物は「超肉食動物」と呼ばれる種類に属していて、犬の食べる物より多くのタンパク質を必要とするうえ、体内で脂肪酸を合成できないため完全菜食主義でも生きていける犬とは体の仕組みからして異なるそうだ。そして人間と犬との関係は古代において共に狩猟をしていたと考えられるが、それより以前の、まだ武器を作って獲物を狩る術を持たない頃の人間は、ネコ科の大型動物の食べ残した肉を食べていたと推測されるという。その意味するところは、他の類人猿が菜食なのに対して肉を食べることにより、体重の2%の重さしかないにもかかわらずカロリー摂取量の20%を消費する脳へとヒトが進化できたのは、猫のおかげかもしれないということだ。

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 猫といえばネズミ退治に役立つイメージがあり、実際に大航海時代には船に乗せられ世界各地へと拡散することとなった。ところが、当時の船乗りが「ネズミに占領された船にとって、欠かせない存在だ」と嘆いていた記録もあるのに、本書によれば「ネズミ退治には役に立たない」らしい。ネズミが集まる場所は食べ物が豊富だから猫も訪れているだけで、「両方で共通の資源を分け合っていますよ」と研究者は述べている。

 私が気になったのは、猫から人間の脳に感染する寄生虫のトキソプラズマの項目。食肉や汚染された物に触れるといった経口感染が主な感染経路で、通常は人から人へは感染しないが、妊婦から胎児へは血流に乗り胎盤を通じて感染することはあり、流産や知能発育不全などを引き起こすため妊婦は猫と触れ合わないほうが良いとされている。不思議なのは、どんな温血動物にも感染するこの寄生虫が繁殖できるのはネコ科の腸内に限られていて、しかも人間のDNAに残された痕跡を調べると、感染しても多くの人は免疫系が正常であれば治療の必要さえ無いくらい疾患が発現しないように遺伝子が変化したらしい。このこともまた、ヒトの進化に影響したと考えられるそうだ。ただし、いくつかの寄生生物は自分自身の選択的な利益のために宿主の行動を操ることがあり、トキソプラズマに感染したネズミは猫を怖がらなくなるという実験結果があるから、猫との間になんらかの共生関係ができあがっている可能性が述べられている。

 ところで、先の感染症のニュースで不安になった人もいるだろうが、厚生労働省のサイトでは子供の頃におこなう定期の3種混合または4種混合のワクチンの予防接種が有効と考えられることと、治療薬も存在することが記されている。厚労省は以前より、ペットとの濃厚な接触は避けるように注意喚起しているから、手洗いなどを徹底するのが最善だろう。ことによると、SNSにおいて猫の写真が拡散され人気を集めるのは、トキソプラズマの影響かもしれないと思った。

文=清水銀嶺