「今宵もちょっと一杯」読めば飲みたくなる吉田類の酒場案内

食・料理

2018/2/14

『吉田類の思い出酒場 路地裏の味編(思い出食堂コミックス)』(吉田 類:企画・原案、井上眞改:漫画/少年画報社)

 仕事も終わった。「さてどこかで一杯…」なんて言うのはおじさんだけだと思いますか? いえいえ、いま大衆酒場がブームになっているそうです。大衆酒場とは昔ながらのレトロな雰囲気の中、美味しいお酒や、そのお店ならではの肴(さかな)をリーズナブルに楽しめる場所。おしゃれ過ぎないので、筆者のようなおじさんでもひとりでも入れる、まさに呑兵衛のパラダイス。ブームと言われて、確かにお店で周りを見渡すと、若い人や女性ひとりの姿も見かけます。なんと女子会まで大衆酒場で行われているのだとか。

 そんな大衆酒場をこよなく愛する吉田類さんを知っていますか? 吉田さんおすすめ酒場を描いたのが本作『吉田類の思い出酒場 路地裏の味編(思い出食堂コミックス)』(吉田 類:企画・原案、井上眞改:漫画/少年画報社)。

 高知県出身の吉田氏は画家、イラストレーターとして活動し、酒場などの記事執筆も行う“酒場詩人”。お酒や酒場をテーマとした著作も多く出版されています。さらにテレビの冠番組も。BS-TBS放送の「吉田類の酒場放浪記」は、2003年から実に15年間も放送されています。まさに呑兵衛たちの大スターと言っていい人物なのです。

 本書は吉田氏がなじみの酒場を、そして美味い酒と肴を紹介するグルメリポート漫画のシリーズ3作目です。漫画だけではなく、お店の写真や説明文もあり、書籍の体裁をとっていますが、酒場ガイドムック並みの情報量です。

 また作画を担当している井上眞改氏の緻密な絵柄も魅力です。スタイリッシュなキャラクターは、本作の読みやすさのポイントのひとつです。

 ただのガイド本ではないところが、吉田氏の酒場での名言、お酒好きのひとにぐっとくる金言。呑兵衛たちの心を掴む言葉をいくつかご紹介させていただきます。

「お店の人とお客さんで良い酒場というものは作られるものです」(一軒目・新宿「吉本」より)

 カウンターというのは料理人にとっては舞台、そこではお客もよい観客でなければならない…。お店のご主人との会話の中で言います。

「つき出しが美味しい店ははずれがありません」(三軒目・西新宿「品川亭」より)

 注文する前からワクワクしている吉田氏。1杯目と、春を感じさせる独活(うど)の煮物に舌鼓をうち、口にした言葉です。

「日本一のシロのもつ焼きを食べに来ましたが、お店に満ち溢れる楽しい賑わいで元気一杯です」(六軒目・新橋「野焼」より)

 若々しく元気な女将。そして賑わうお客たちと乾杯して、スタミナをつけようと思って来店した吉田氏は楽しそうに話します。

 本当に見事な言葉で大衆酒場の魅力が語られています。さて冒頭に書いた、若い人や女性にも大衆酒場が受けている現在のブームの理由ですが、本作を読んだうえで、いくつかのお店に通う私がちょっと考えてみました。

人情が気持ちいい

 吉田氏は隣に座った方と言葉を交わし、乾杯することもしばしば。そしてもちろん女将さんやマスターと話しながらお酒を楽しみます。私が通う大衆酒場も、混んでいたら「にいちゃん、こっち空いてるよ」なんて呼んでくれますし、女将さんはひとりでなかったとしても普通に話しかけてきます。常に賑わっていて、ひとりで行っても寂しがるひまはないのです。

そのお店ならではの美味しいものがある

 そのお店ならではの味を楽しむ吉田氏。時には季節の味を、時には料亭なみの品の良い味付けや盛り付けにも感動します。良い酒場には、たいがいそのお店ならではの一品があります。特に自信があっておすすめしているこだわりの肴(さかな)は、食べてみるべきですね。いわゆるポテトサラダなどのありふれたメニューもすごくオリジナリティがあったりして驚かされます。私が行くお店には、ごくたまにパスタがあるのですが、それは良いニンニクが手に入ったときだけなんだそうです。それを聞いてからはメニューにある時は必ず頼んでいます。メニューひとつひとつは、お店の“良い仕事”を象徴しています。

旅情も味わえる

 吉田氏は故郷が遠くてれない人が故郷の匂いをかぐお店があると言います。それは“地域”を明確に売りとしているお店だったり、お店のご主人が住んでいた場所の一品をわざわざつくって出しているお店。地方出身者は自分の故郷の味やお国の言葉を求めて、こういった酒場に集うものなんだとか。吉田氏はこうも言います「東京に居ながら旅の空の下にいるみたい」珍しいものを食べることだけではなく、旅情を味わうために酒場へ行くのも楽しいです。

コストパフォーマンスがいい

 全国チェーンの激安居酒屋と比べると値段が高いこともあるでしょう。ただ実は前述にあるように、1品のクオリティから考えると、大衆酒場はけして高くはありません。家族経営のお店も多く、このご時世でも価格を抑えているように感じます。あと思った以上に1品の量が多いのも大衆酒場の特徴だと思います。私が大好きな酒場のひとつは、本当に1品が多すぎるので、必ず友人と連れ立って行くことにしています。おなかがいっぱいになりがちなので、最終的に支払いが安く済んだりします。

 とは言え、大衆酒場は一見さんが入るのにはやっぱり勇気がいると思います。たまに酒場で見かけると書きましたが、女性にはやっぱり入りにくいものですよね。ネット上のレビューでも常連が多くて…なんて書かれていたりもしますし。でもそんな方も、少なくとも本作で紹介されているお店なら、大丈夫と断言してしまいます。いきなり周りの人に話しかけたりできなくても、カウンターでお店のひとと話ができなくたって、お酒好きのひとなら、自分なりに楽しい時間を過ごせるはずです。懐の深さが大衆酒場の魅力なんですから。

 いろいろと訳知り顔で書いてきた私ですが“知らないひとと乾杯ができるおじさん”にはまだなっていません。ただこの本を読んで、吉田氏の言葉ひとつひとつを噛みしめ、彼のような“酒場好き”に、より憧れました。そうして今日も仕事終わりにのれんをくぐります。皆さんも大衆酒場で乾杯、しませんか?

文=古林恭