ヤクザの金庫に「貞操帯」…下町の鍵屋に開けられない錠はない!? 笑って泣けるドタバタ人情小説

文芸・カルチャー

2018/2/18

『開ける男 鍵屋・圭介の解けない日常』(杉田久作/ポプラ社)

 「鍵屋」が主人公の一風変わったエンタメ小説を紹介したい。2月5日にポプラ文庫より書き下ろしで刊行された杉田久作『開ける男 鍵屋・圭介の解けない日常』(杉田久作/ポプラ社)がそれだ。

  物語の主人公は、圭介という独身の中年男。東京の下町にある鍵屋「岩崎フーディーニ商会」の従業員だ。家族は同社の現社長でもある女子高生・レミと、その弟でしょっちゅうトイレに立てこもる癖がある小学生・空の2人。この時点ですでに少々ヘンだが、圭介の依頼人たちはそれに輪をかけてヘンテコである。

 ある日、開店前のフーディーニ商会に吉本と名乗る男がやって来る。彼はどこから見てもヤクザの親分。猫を愛し、映画マニアでもある吉本の依頼は、金庫を自分にも開けられないようにしてほしいというものだった。その珍妙な理由を知った圭介はこう思う。「ヤクザは怖いが、マニアも怖い。そして、コスプレをするようなマニアなヤクザは世界で一番怖い。彼らの価値観は不可思議で、何をしでかすか分かったもんじゃない」。

 その他、ピストルをちらつかせて父親の金庫を開けろと迫る男、恋人に取り付けられた「貞操帯」の鍵を開けてほしいと願う(しかも体を代金に)セクシー美女、毎月金庫が開かなくなったと電話してくる老人など、次から次へとおかしな依頼人が現れる。

  鍵屋が舞台のエンタメというと、主人公が『オーシャンズ11』ばりにスマートな活躍を見せるのかと思いがちだが、圭介はそんなタイプとは正反対。プロの知識も腕も持っているのに、要領が悪く、なぜか貧乏くじばかり引いてしまう。しかも毎晩、愛する女性を思って涙を流す始末。レミの言葉を借りるなら、彼はまったく「下手糞」な鍵屋なのだ。

 そんな圭介が、ドタバタの人間ドラマに巻きこまれてゆく本作は、ミステリー風味がありながら、全体にいい意味での「ゆるさ」が漂っており、読んでいるとほっと懐かしい気分になる。こうしたユーモア感覚は、おそらく作者・杉田久作が深く関わっている落語の世界に由来するものだろう。金庫や鍵にまつわる豆知識も満載で、読むと防犯について詳しくなれるお得な小説でもある。

 ところで本書中では、なぜ圭介がレミたちと同居することになったのか、圭介と彼の思い人・唄子さんとの間に一体何があったのか、詳しい事情は描かれていない。ひょっとしてシリーズ化の計画があるのだろうか。もし続編があるのなら、今度こそ圭介のスマートな活躍ぶりを読んでみたいが……おそらくそうはならないのが、本書のいい所。ぎすぎすして世知辛い世の中、たまにはこんな浮世離れした小説があってもいいじゃない、と思わせてくれる一冊だ。

文=朝宮運河