【芥川賞受賞作】63歳新人が織りなす玄冬小説『おらおらでひとりいぐも』

文芸・カルチャー

2018/3/10

『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子/河出書房新社)

第158回芥川賞を受賞した『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子/河出書房新社)は、63歳の新人作家が織りなす「老い」を生きるための玄冬小説として現在大いに注目を集めている。私は読後この記事を執筆するにあたり、「これほど素晴らしい作品のレビュー記事を書くとなると、やはり肩に力が入ってしまうものだな」と、ある種の重圧を感じてしまった。しかしまたもう一方で、本稿を通してこの作品をご紹介できることに大きな喜びを感じている。

驚くほどの内面探索の塊。というのが本作に対する素直な第一印象。40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅地で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすます桃子さん。御年74。桃子さんの中には、東北弁丸出しの声がいくつも湧きあがる。「あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが」「どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如(なんじょ)にすべがぁ」…。

「プレ婆さん」を自称する63歳の作家、若竹千佐子氏の、文芸賞受賞のデビュー作である本書。青春小説の対局、玄冬小説の金字塔であると感じた。本作には、現在進行形の登場人物がほとんど出てこない。ぐるぐる、ぐるぐると桃子さんの頭の中で響き渡る東北弁の声と過去の記憶こそが主な登場人物だ。ぐるぐる、ぐるぐる、と。その内面探索の様子は、やや異質のようで、それでいて人間の本質を鋭く突いている。

自己の奥深くに横たわる心情を突き詰める姿勢のストイックさは、まるで梶井基次郎の『路上』のよう。ふとした瞬間に触れる内外の狂気は、まるで浅野いにおの『おやすみプンプン』のよう。亡き夫と過ごした日々の記憶の純朴な心情は、芥川龍之介の『お富の貞操』のようであるという感覚。ヴィンテージな純文学の手触りを十二分に有し、それでいて「最先端の文学」を感じさせるエッジに心を掴まれる。

ぐるぐる、ぐるぐると転がる桃子さんの内面。彼女は私にとって、母親よりも祖母に近い年齢だ。性別が違う上に年も相当離れている。初めこそは傍観するような姿勢で読んでいるつもりだったが、気付いた時には自分の感情が絶えずシンクロしていた。胸の内から、じんわりと、不覚にも熱いものが込み上げていた。もしかしたら、この感覚こそがまさに純文学を読むことの悦びの核心部分なのかもしれない。この読書体験は、私の読書人生にそんな新しい風を吹かせてくれた。

それぞれに漠然とした楽しみや不安を抱えながら今を生きている全ての人に、おすすめしたい1冊である。

文=K(稲)

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