時代小説ビギナーでも手に取りやすい! 「幕末+心霊+ミステリー」=神永学の『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』

文芸・カルチャー

公開日:2018/3/6

『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』(神永学/集英社)

 2月20日、神永学の『浮雲心霊奇譚 妖刀の理』(神永学/集英社)が文庫化された。赤い瞳で幽霊を見ることができる〈憑きもの落とし〉の浮雲が、絵師を目指す青年・八十八(やそはち)とともに、江戸の怪事件を解決してゆく時代エンタメ小説「浮雲心霊奇譚」シリーズの第2弾だ。今回も「~の理」と題された3編が収録されている。

 ちなみに幽霊が出るといっても、本シリーズはホラーではなくミステリー。浮雲が幽霊を見ることができるのも、そういう体質であるからに過ぎず、それ以外は別に特殊能力があるわけではない。したがって事件を解決に導くのは、あくまで八十八らの地道な聞き込みによってもたらされた情報と、浮雲の並外れた洞察力なのだ。

 以下、簡単にあらすじを紹介しよう。

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 兄の新太郎と夜道を歩いていた武家の娘・伊織は、たまたま辻斬(つじぎり)に遭遇。その現場で、異様な殺気に包まれた侍を目にする。以来、新太郎は夜な夜な刀を手に、屋敷を抜け出すようになる。どうやら幽霊に取り憑かれたらしい。伊織から相談を受けた八十八は、浮雲とともに新太郎のもとを訪ねるが……というのが第1話「辻斬の理」。辻斬という時代小説ならではのシチュエーションを扱った本作は、スピード感に溢れた殺陣シーンが読みどころ。実際に剣術に親しんでいる著者だからこそ描ける、リアルな描写に息を呑むだろう。

 つづく「禍根の理」はもっとも怪談テイストが強い作品。深夜、祟りがあると噂される沼の近くを通りかかった小間物屋の番頭・喜助は、そこで恐ろしい老人の霊に遭遇した。一緒にいた浪人は翌日、無残な死体となって発見される。八十八はおびえる喜助の力になってやろうとするが、浮雲はなぜか「お前も、死にたくなければ、これ以上、余計なことはするな」と忠告する。事件の裏には何があるのか?

 持ち主を破滅に導くとされる呪われた日本刀・村正。それが惨劇を引き起こすのが「妖刀の理」だ。八十八は白昼、刀を振り回して暴れ回る男を目撃する。その刀からは黒い瘴気が立ちのぼり、男の体には男女の幽霊が何体もまとわりついていた。事件に関わることになった八十八たちの前に、人の心を操る不気味な呪術師・狩野遊山がまたしても立ちはだかる。浮雲と因縁があるらしい美女・玉藻も再登場し、しめくくりに相応しいエピソードになっている。

 神永学といえば、『心霊探偵八雲』『怪盗探偵山猫』など映像化作品も多い人気作家だ。本シリーズもスピーディな展開、魅力的なキャラクター、とファンを裏切らないエンターテインメントに仕上がっているが、それに加えてもう一点、フィクションと史実のクロスオーバーも大きな特徴である。

 物語の背景となっているのは、黒船が浦賀に来航し、社会が大きく変わりつつある幕末。すでに本書『妖刀の理』でもあの土方歳三が活躍しているが、この先シリーズが進むにつれてさらに歴史上の有名人が登場してくることになるのだ。それが誰かは3巻以降を読んでのお楽しみ。新撰組ファン、幕末ファンにも見逃せないシリーズなのである。

文=朝宮運河