『八雲立つ』新シリーズと愛蔵版、刊行スタート! 壮大な神話ファンタジーの魅力

マンガ

更新日:2018/3/26

『八雲立つ』(樹なつみ/白泉社)

 近年、30~40代女子の青春ともいえる作品の続編が続々発表されている。『フルーツバスケット』や『ぼくの地球を守って』をはじめ、白泉社作品に顕著にみられるのだが、それは“あの頃”、豊穣で世界観に広がりのあるファンタジー作品が好まれて読まれていたからのような気がする。すぐれた名作に触れて育ってきたと思うと誇らしい気持ちになるのだが、なかでもひときわ「マジか!!!!!」と快哉を叫んでしまったのが『八雲立つ』(樹なつみ/白泉社)である。

 3月6日に発売されたばかりの『ダ・ヴィンチ』(4月号)では新シリーズ「八雲立つ 灼」と、愛蔵版『八雲立つ』の刊行が同時スタートしたことを記念した特集をくんでいる。そこで、ここでは改めて本作の魅力について触れておきたい。

 物語は、極度のおひとよし大学生・七地健生(ななちたけお)が、刀の研磨を生業としていた祖父の形見をもってサークルの先輩が企画した旅行に参加するところからはじまる。行き先は出雲の山奥にある維鉄谷村。古事記に登場するあの世とこの世の境目とされる黄泉比良坂(よもつひらさか)の別称、伊賦夜坂(いふやさか)によく似た名前で、なんともいわくありげ。そこで49年に一度おこなわれる秘祭を取材するのが目的なのだが、この神社、地反神社といって、伊賦夜坂を塞ぐ石と同じ名前だというのだから、のっけから神秘で不穏な空気がむんむんである。そしてこの神話ベースに構築された世界観こそ『八雲立つ』の魅力。そもそも「八雲立つ」とは最古といわれる神楽歌からとられており、この作品をきっかけに古事記にハマったという人も多いはずだ。

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 この村で、七地が目を奪われたのが、奇妙な人形の影を背負って舞う美しき巫女。“彼”こそ村の旧家・布椎家の跡取り長男、17歳の闇己だった。傲慢で不遜。年下なのに物怖じせずに毒を吐くふてぶてしさ。だけど誰もが見惚れる美貌。彼との出会いが七地のすべてを変えていく。

 秘匿された神事を覗きみた七地が目の当たりにしたのは、残酷で無慈悲な布椎家の掟と、泣き叫ぶ闇己の姿。逃げることも折れることを許されず修羅と化した闇己を救うのが、純粋に彼を心配して、彼のために泣く七地の優しさなのである。人としての心をとりもどした闇己は、神を憑依させる巫覡として、村にうずまき邪悪をもたらす“念”を薙ぎ払う。そのために必要なのが、七地の持ち込んだ祖父の形見――神剣だったというわけだ。そして七地は、日本中に散らばった残りの神剣・6本を探す闇己の相棒となっていく。

 相棒といえば聞こえがいいが実際は傍若無人な闇己に振り回される“お付きの人”的ポジション。だが、孤独を満たしてくれた養父を無残に失い、託された使命をまっとうすることでしか己を肯定できない闇己にとって、感情の赴くまま優しさと愛情をふりまく七地は、世界の美しさを信じるための、唯一の救いだ。この2人の絆も、新シリーズとあわせて読みどころのひとつだ。

 念とは、負の感情が生み出すねじれたエネルギーの集合体。心ひとつで、神にも怨霊にもなっていく。愛情や名誉を求めた嫉妬、虚栄心や孤独。人である以上避けることのできない敵”に、2人はいかに立ち向かっていくのか。旧家を中心に入り乱れる人間関係とともに展開していく本作。いま読んでもまったく古びることはないどころか、新鮮な驚きをいまだに与えてくれる傑作なのだと思い知らされるのである。

文=立花もも