『SLAM DUNK』を愛読、カリアゲは実は好きじゃない。金正恩の真実

社会

2018/3/20

『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(五味洋治/文藝春秋)

 平昌オリンピックで友好ムードが高まった朝鮮半島情勢。その後、まさかの「5月までに米朝トップ会談が実現へ」という報道がなされた。

 北朝鮮指導者の金正恩(キム・ジョンウン)氏はどうやら、核の力だけにファナティック(狂信的)な人物ではないようだ。

 それでもまだまだ謎のヴェールに包まれた存在である金正恩氏。その人物像を余すことなく伝えてくれるのが、3月7日に発売された『金正恩 狂気と孤独の独裁者のすべて』(五味洋治/文藝春秋)である。

 ではまず、本書が伝える若かりし日の正恩氏の素顔を紹介しよう。キャッチコピーをつけるならば、「スラムダンクを愛するシャイボーイ」だ。

 本書によれば、正恩氏は14歳だった1996年夏から2001年1月までを、「パク・ウン」という偽名でスイスのベルンで過ごしたという。著者は、当時の正恩氏を知る学校関係者やクラスメートらの証言をを丹念に取材し、その人物像を浮き彫りにしている。

●夜になるとクラブで酒とタバコをたしなむシャイボーイ

 担任教師は「目立たない、おとなしい生徒だった」と話し、クラスメートは「成績は可もなく不可もなくだった。スポーツは好きだった。特にバスケットボールに夢中でうまかった」「日本のマンガ『SLAM DUNK』を愛読し、10代ながらに夜になると、友人たちとクラブに繰り出し、タバコを吸い酒を飲んでいた」などと証言したそうだ。それでいて、性格的には恥ずかしがり屋なため、「シャイボーイ」というあだ名がついていたそうだ。

 おいおい、なんか普通に青春をエンジョイしてるやん、と、突っ込みたくなるところである。しかし、シャイボーイはもちろん仮の姿だろう。

 本書には、11歳の頃に、先の平昌での五輪外交で大いに注目された正恩氏の妹、金与正(キム・ヨジョン)氏から「小さなお兄さん」と呼ばれたことに激高し、「大きな大将同志」と呼ばせるようにしたくだりも紹介されている。そんな正恩氏の性格を著者は「幼いころから負けず嫌いだった」と記している。

 本書では他にも、祖父の故・金日成(キム・イルソン)にならったカリアゲスタイルの、いわゆる「正恩ヘアー」がじつは気に入らず、1年かけて抵抗したというエピソードも紹介されており、20代の等身大の正恩氏の横顔ものぞくことができる。

●金一家世襲政権の全貌と北朝鮮史が一望できる

 さて、ここまで紹介したのは、本書の中でもほんのごく一部の要素であり、極めて軽い話題に触れただけに過ぎない。改めて、本書の詳細を紹介しておこう。

 本書は正恩氏の幼少期から現在に至るまでの、言動の歴史が概観できるだけでなく、金日成、そして金正日(キム・ジョンイル)と続く金一家世襲政権の全貌、また、金正恩氏が頭角を現す背後で粛清された人々、現在の北朝鮮経済から軍事までのすべてが網羅された、北朝鮮史が一望できる内容だ。

 また、2017年2月13日に、マレーシアの空港で暗殺された正恩氏の異母兄弟、金正男(キム・ジョンナム)氏をめぐる謎の解明や、中国、韓国、米国とのミサイル外交の駆け引きから、平昌オリンピックの話題にも触れた本書は、今の北朝鮮を理解するうえで重要な一冊となるだろう。

●正恩氏の母親、故・高 英姫(コ・ヨンヒ)は日本生まれ

 最近のニュースで再三登場する、米国の北朝鮮への先制攻撃の可能性についても、本書は触れている。著者によれば「在韓米国人の日本への避難開始」「北朝鮮がロケット用固形燃料の開発に成功」などのニュースが流れたら、米軍が行動する可能性が高くなるという。しかし、北朝鮮との戦争はリスクも大きいため、土壇場で踏みとどまるのではないかとも記す。

 最後に加えておくと、正恩氏の母親、故・高 英姫(コ・ヨンヒ)は、日本で生まれ11歳までは大阪で過ごしている(両親はともに朝鮮半島の出身)。本書で、こうした複雑な人間模様を含めて半島情勢を俯瞰してみると、とにもかくにも、話し合いでの問題解決が実現することを願うばかりである。

 近い将来、半島の緊張が解け、正恩氏が敬愛する米国プロバスケット選抜チームが、平壌で親善試合をする日が来ることを祈りたいものだ。

文=未来遥