小泉今日子「生きることは恥ずかしいことなのだ」――10年間に読んで書いた97冊の書評集

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2018/3/10

『小泉今日子書評集』(小泉今日子/中央公論新社)

 茶化すつもりで読み始めた書評集に、完全に吸い込まれてしまった。著者は小泉今日子。タイトルは『小泉今日子書評集』(中央公論新社)である。彼女のやることなすこと、なぜか「小泉今日子の」と付箋がつく。それがきっと、小泉今日子なのだ。

 2005年から2014年にかけて「読売新聞」書評欄で発表された書評をまとめた本書。「アラフォー」から「アラフィフ」を生きるを生きるキョンキョンの、アイドルでもなければ、女優でもない、ひとりの女性としての言葉が訥々と綴られている。

「読み返すとその時々の悩みや不安や関心を露呈してしまっているようで少し恥ずかしい。でも、生きることは恥ずかしいことなのだ。私は今日も元気に生きている」と彼女自身が冒頭で吐露するように、そのタイトル選びといい、内容といい、こうして連なった書評を一気読みすると、どこか彼女の10年日記を盗み読みしているようでもあって、それがまた親近感を覚える。

「人との距離は難しい。近しい人には言えないのに、遠い人には言えてしまうこともある」『人生ベストテン』(角田光代/講談社)

「恋をしているときはきっと誰だって変なのだと思う。それまでの世界が変わってしまうのが恋というものだ」『変愛小説集』(岸本佐知子/講談社)

「四十歳を過ぎた私の人生の中で、やり残したことがあるとしたらじぶんの子供を持つことだ。時間に限りがあることだから、ある年齢を過ぎた女性なら一度は真剣に考えたことがあると思う。家族の再生を描いたこの物語を読んで、私はそんな思いから少しだけ解放された」『四十九日のレシピ』(伊吹有喜/ポプラ社)

 まだ、テレビがブラウン管と呼ばれていた時代。いつもキラキラ、ニコニコして、ピョンピョン跳ねていたキョンキョンの、言葉の節々に醸し出されるヒリヒリ感。それはまた、同じ時代を生きてきた私たちにも身に覚えのある痛みで、それを自然にさらりと綴ってしまうのだから、やっぱりこの人は表現の天才なのだと思う。

 かつ、ページを示すノンブルの上には、今の彼女が各々の書評を発表した当時の自分を振り返りつつ書いた一言コメントが記されている。昭和30年代、葉書で届く読者の声を活版印刷でノンブルの上に掲載していた、古き良き時代の女性週刊誌を彷彿とするもので、本の内容だけではなく、装丁やデザインも非常に洗練されていると感じた。

 子どものいない男性と短期間不倫したベッキーをあれだけ叩きまくったマスコミおじさんたちが、妻子ある男性と長期にわたって不倫し、事務所を独立して、恋愛宣言までしたキョンキョンを、ファン心理丸出しで「よっ! 小泉流」と絶賛する現象が極めて気持ち悪いな、と思って読み出したのだが、少なくともこの書評集の中のキョンキョンは、相変わらずのどこ吹く風のキョンキョンで、むしろ、こちら側の毒を抜かれたかたちとなった。

 アイドルでありながら、アイドルとして扱われることを忌み嫌い、新しいことを始めようとする時はいつも面倒くさいと思いながらも勉強するのは楽しいという彼女。今後はこれまでのように表舞台に頻繁に立つということは少なくなるのかもしれないが、むしろゆるりと読書する時間が増えて、彼女にとっては至福の時となるのかもしれない。人生は短いし、できることなら悔いなく生きたい。人のことをとやかく詮索するまえに、自分自身の心の内と向き合う時間を増やさねば、と気づかされる上質な書評集だった。

文=山葵夕子