【本屋大賞2019!】親の離婚、同居人も名字も何度も変わった……なのに不幸じゃない。読むだけで穏やかになれる『そして、バトンは渡された』

文芸・カルチャー

2018/3/24

『そして、バトンは渡された』(瀬尾まいこ/文藝春秋)

 結婚式の際、教会の聖堂で花嫁とその父親が腕を組んで中央の道を歩き、正面に待つ花婿に彼女を託す――いわゆる「ヴァージンロード」歩行。これをすると父親は、花婿に娘を託してようやく自分の役目を終えたような気持ちになり、心底ほっとするとともにこの上ない寂しさを感じるのだそうだ。でも『そして、バトンは渡された』(文藝春秋)の主人公の場合、父親役を誰がやるのだろうか?

 作者の瀬尾まいこさんは、2001年、『卵の緒』で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年に作家デビュー。2005年には『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞、2009年には『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞。ほかにも、『図書館の神様』『君が夏を走らせる』など多数の作品を生み出している、気鋭の作家である。

『そして、バトンは渡された』の主人公は「森宮優子」。生みの母親は事故で亡くなり、その後は育ての親が結婚と離婚を繰り返し、同居する人も、名字もかわった。「水戸優子」→「田中優子」→「泉ヶ原優子」→「森宮優子」である。物語のはじめでは、17歳の高校2年生で、育ての親「(田中)梨花さん」と離婚した「森宮さん」と2人で暮らしている。バトンのように保護者の間をリレーされてきた。

 普通、こんな生い立ちを聞くと、壮絶な悲しい一生を思い浮かべる。さぞや苦労してきたのでは? 虐待されてきたのでは? と、ついつい余計な心配をしてしまう。

 しかし、優子には全く当てはまらない。全然不幸でないのだ。

 悪人はこの物語にひとりも出てこない。みんな愛情深いのだ。常時ほんわかしている。市井のごく普通の人の良心が集まるとこうなるのか、という感じだ。おかしな行動に走ったり、グレたりする人もいない。強いて言えば、結婚・離婚を繰り返した、一見奔放な、優子の2番目の母親「梨花さん」だろうか。彼女の離婚は、相手への「思いが冷めた」、ではない理由もあるのだが……。全体的には、普通の人が織りなす、平熱ストーリーと言ってもいいのではないだろうか。次々といろいろなことは起こる。が、血のつながりもなく、たまたま優子の親になってしまったものの優子を全力で愛し、優子はまっすぐに成長する。

 特に、優子を実の父(水戸秀平)から引き取った「梨花さん」とその夫だった「森宮さん」と優子の関係は、それぞれ軽妙な会話の中にも互いを思いやる深い愛情が感じられ、心に残る。

 また優子が早瀬君と出会うシーンも感動的だ。

早瀬君が鳴らした最初の音で、私は音楽室の空気が変わるのを感じた。……私は一小節目から、演奏に引き込まれていた。(P.166)

 一目惚れのさまは、まるで『ハチミツとクローバー』の世界か! という感じだ。高校生の優子はこれを機にすっかり早瀬君にひかれるようになる。スムーズに進展はしないが――。

 優子を気遣い、ブラジルから112通の手紙を送った実の親・水戸さん。頼もしく財力もある泉ヶ原さん。巣立つまで寄り添ってきた森宮さん。病床から思い続けている梨花さん。優子には3人の父と1人の母が目の前にいる。ラストには感涙! ついに、最後のバトンを優子の花婿に渡す人が示される。

 心がささくれ立っているとき、読むだけで穏やかになれる。幸せ気分になれる1冊だ。

文=久松有紗子