新しい環境へ出る新社会人にもおすすめ! 等身大のつれづれニューヨークライフ

マンガ

公開日:2018/3/26

『ニューヨークで考え中』(近藤聡乃/亜紀書房)

 タウンガイドで紹介されるニューヨークは煌びやかで、どこかギラギラしている。しかし、本書『ニューヨークで考え中』(近藤聡乃/亜紀書房)を読むと、今まで知らなかったニューヨークの姿が見えてくる。

 本書は著者である近藤氏の実体験に基づいて描かれたコミックエッセイだ。文化庁の「新進芸術家海外研修制度」の研修員として選ばれたことをきっかけに、ニューヨークで暮らし始める。当初は1年だけ住む予定だったが、ニューヨークの魅力に触れた近藤氏は現地で結婚をしてしまうまでになったのだ。

 近藤氏の目に映るニューヨークは、日本と違い、チップが習慣化されていて、外食代が高い。日用品も値が張り、日本でなら200円前後で買えるようなトイレットペーパーにも1000円近く支払わなければならない。こうした事実を見ると「日本のほうが住みやすいのでは?」と思うかもしれないが、ニューヨークには人を虜にしてしまう魅力がある。

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 例えば、国籍を気にせず気さくに話しかけてくれる人が多くいたり、年齢や人目を気にしてしまうような服装を受け入れてくれたりする寛大さがあるのだ。気遣い上手な日本人は、周りの目を気にして、他人に合わせてしまうことも多い。しかし、「自分は自分だ」と胸を張って好きなスタイルを貫き通させてくれる優しさを、ニューヨークは持っている。ニューヨークが持つほっこり感は、近藤氏にたくさん笑顔と刺激を与えているのだ。

 さらに、本書は日本や日本語の良さも感じさせてくれる。中でも、近藤氏の夫が日本語に触れる姿は、筆者の心に衝撃をもたらした。妻に先立たれシングルファザーとなった20歳年上の彼は近藤氏と付き合ってから、日本語を学び始めた。そんな彼が日本語の勉強中にふと近藤氏に尋ねたのが「一番かわいいと思うひらがなってなんだと思う?」という質問だ。この言葉を見て、初めてひらがなを習ったときのことを数十年ぶりに思い出した。

「お」と「を」の違いはなんだろうとわくわくしたり、「あ」はどうして「あ」という発音をするのだろうと考えたりしていたあの頃は、純粋に文字を楽しんでいた気がする。大人になり、ライターという職に就くと、使える言葉は豊富になっていったけれど、本当に忘れてはいけないのは、1文字1文字を大切にしていたあの頃の心なのかもしれないと反省させられた。

 こうした感性を持った彼が口にする独特な表現は、私たち日本人にとって新鮮に映る。例えば、日本ならではのどら焼きも彼にかかれば「ゴールデンブラウンのケーキに甘いジャムが挟まった、ふんわりとしたお菓子」と表現される。まったく違う環境で暮らしてきた彼が発見してくれる日本のものの深さは、心にじんわりと染み渡るのだ。

 日本とニューヨーク、両方の良さを実感している近藤氏はさまざまなことを考えながら夫とともにニューヨークライフを楽しんでいる。コミカルで優しいニューヨークのリアルな姿は本書でしか味わえない。これからの時期は新しい生活を迎える方も多いので、新社会人は新しい環境を楽しむ近藤氏を見習ってみるのもよいかもしれない。

文=古川諭香