無賃乗車が減らないから? 治安も公共マナーもいい日本で「信用乗車」が普及しない理由

暮らし

公開日:2018/3/27

 日本で鉄道を利用するとき、都市部のJRや大手私鉄、地下鉄では乗車券を改札口で確認し、地方のローカル線や路面電車ではバスのように運転士などの乗務員が確認する方法が一般的だ。

 ところが欧米の大都市を走る鉄道には改札口がなく、車内で乗務員がチェックもしないパターンがある。でもほとんどの利用者は正規の料金を支払って乗っているという、日本の鉄道に慣れた人が見れば不思議な光景を目にする。

 この方式、「信用乗車」と呼ばれることが多い。利用者が運賃を支払って乗車していると鉄道会社が信用することから、この名がついたようだ。他にも呼び名があるようだが、ここではもっともよく使われている信用乗車で統一する。

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 信用乗車のメリットは何か。もっとも大きいのは都市部の電車がそうであるように、複数のドアで乗り降りできることだ。乗車時あるいは降車時に乗務員が乗車券を確認する方式では、乗り降りするドアが限定されるので混雑時に時間が掛かり、遅れの原因になる。

福井鉄道の降車扉は運転士脇の1か所だけに限られている

 そういえば近年、長くてドアの数が多いLRT(日本では次世代型路面電車システムと訳される)の車両を、欧米などで見ることが多くなった。日本でも広島電鉄や福井鉄道で、全長30m前後という長い車両が走っている。いずれも信用乗車前提で設計されたのだろう。ところが日本では、どちらも片側に4か所のドアを持つのに、福井鉄道では降車扉は運転士脇の1か所だけ。広島電鉄は国内外の多くのLRT車両がワンマン運転となる中、車掌が乗務することで複数のドアから降りることを可能としているが、それでも4か所中2か所だ。

広島電鉄は車掌を乗務させることで複数扉降車を実現している

■なぜ富山ライトレールは全扉降車を認めているのか?

 これでは本来の機能を使い切ってない。そう考える鉄道事業者が日本にもあった。先週のダイヤ改正のコラムでも紹介した富山ライトレールだ。開業した2006年から平日朝のラッシュ時に限り、ICカードのみ全扉での降車を認めていて(同社では信用降車と呼んでいる)、昨年10月からはこれを全日全時間帯に拡大したのだ。

富山ライトレールは2017年10月から、すべての時間帯でICカード利用の全扉降車を認めている

 1月に富山でセミナーの仕事があったので、約1年ぶりに富山ライトレールに乗りに行った。週末の昼間という、さほど混雑していない時間帯ではあったが、多くの乗客が当然のように後ろ側のドアから降りていく。日頃からLRTに親しんでいる富山市民だけあって定着率は高そうだった。乗務員の目の届かない場所で乗り降りできるので、理論上は無賃乗車も可能だ。しかし他の乗客の目があるし、顔見知りの人も多く利用しているだろうから、実際には難しいだろう。実際大きな問題にはなっていないようだ。

 では欧州ではどうなのか。前述のように多くのLRTで全扉での乗降が可能。扉付近に端末を取り付けてあり、切符の場合は乗車時に挿入、ICカードの場合はタッチすることで運賃を支払うパターンが多いが、ドイツのベルリンやフランクフルトは地下鉄も信用乗車方式で、改札はおろか車内の端末もない。

 もちろん彼らは無賃乗車がないとは考えてはいない。そのために欧米では罰金を厳しくすることで対応している。不定期で乗車券の確認を行う係員が乗車し乗車券をチェック。カードの場合も係員が持つ端末で瞬時に分かるとのことだ。以前利用したフランクフルトのLRT車内には60ユーロと、最大で通常の乗車券の約20倍にも相当する罰金を徴収すると明記してあった。

 実はここに日本での信用乗車導入が進まない理由のひとつがある。日本の法律では無賃乗車に対する罰金は乗車券の2倍以内と定められているからだ。つまり富山ライトレールの場合は340円(カード利用時)となる。自動車で交通違反をした際に支払う反則金と比べると、驚くほど少額だ。

 日本ではローカル線のワンマン車両も同様の乗降方式を用いているけれど、長い車両に2〜3駅だけ乗る場合など、走行中に後方から前方に移動しなければならず不便だし、運転士が多くの業務を担当する様子は大変に思える。早急に信用乗車を前提とした法整備をすべきではないだろうか。

文=citrus モビリティジャーナリスト 森口将之