あなたが焼く肉は“合格点”? 『焼肉大学』で、焼く前に必修科目を学べ!

食・料理

公開日:2018/3/29

『焼肉大学』(鄭大聲/筑摩書房)

 私は月1回のささやかな楽しみとして、「肉(29)の日」イベントを設けている。

 雑誌やインターネットでも、焼肉店の情報は他ジャンルの料理と比べて非常に多いようだ。人気の高さの証拠だろう。近年の糖質制限ダイエットのブームや、熟成肉の流行なども、焼肉人気を一層盛り上げているのかもしれない。

 焼肉は楽しく、そしてお酒やごはんが進むうれしいご馳走の代表格だ。なんでこんなにテンションが上がるのだろう!
 しかし、一旦冷静になって考えたい。
 焼肉は、自分で肉を焼くのが慣例だ。プロの調理人でなく、客が自ら調理するというのは、他のレストランにはない不思議なシステムだ。
 せっかく奮発して注文した希少部位の高級肉を、果たして上手に焼けているだろうか?

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「まあ大丈夫でしょう?」「なんとなく焼けたよ!」……それではあまりにもったいない。

 せっかくならば焼肉のことをもっと知っておいたほうが、何倍も美味しく食べることができるはず。そこで手に取ったのが、『焼肉大学』(鄭大聲〈チョン・デソン〉/筑摩書房)である。

■知っているようで実は知らない、焼肉の人気メニューをじっくり解説

 焼肉店で席につき、肉をオーダーする。今まで何気なく口にしてきたものの背景や歴史を知ると、より愛着がわくかもしれない。

●カルビ(本書34ページ~)
 カルビとは、肋骨(あばら骨)付近を指す朝鮮語であるが、すっかり日本語に根づいている。
 カルビは大きく3つに分かれ、牛の前足の上部の腹のところを肩バラ、立っている牛の真下に当たる部位を中バラ、腹部の左右両側を外バラと呼ぶ。英語でショートリブと呼ばれるのはこのカルビで、栄養成分は赤身のたんぱく質と白の脂肪がメインで、エネルギー量が豊富。リンとカリウム、ビタミンAやナイアシンが含まれている。
 疲れを癒すのに、また体力をアップさせるのにカルビなどの焼肉を食べるのが早道だというのは、これらの栄養が効果的だからだ。

●ロース(本書28ページ~)
 かつて焼肉店でもっとも注文が多かったのがこのロース。今でも女性にはタン塩と並んで圧倒的な人気だ。呼称は英語由来で、部位は大きく3ヶ所に分けられる。牛の肩付近の肩ロース、肩から後ろの背から腹の上部にかけてがリブロース、リブロースよりさらに後ろの背から腹にかけての部位がサーロイン。肉質が柔らかく、赤身のたんぱく質と白い脂肪とがきめ細かく入り混じって、いわゆる「霜降り」を見せてくれる部分。
 肉汁のロスを抑え美味しく食べるためには、高温で短時間に焼くのがよいそうだ。

●ホルモン(本書70ページ~)
 本書によれば、「捨てるようなもの=放るもん」という語源の説は、誤りだそう。確かに日本の食肉文化で内臓利用は限られたものだったが、正しい由来は、男性ホルモンや女性ホルモンなどと同じくドイツ語の化学物質名だという。戦後に大阪の洋食屋が、内臓メニューを「精力がつくホルモン煮」と掲げたことが始まりだそうだ。

 他にも、知っているようで知らない雑学が多く記載されており、見逃すページがない。

■タレ産業の始まり「ジャン」開発エピソードにも、スパイスが効いている

 著者は、食文化史研究のエキスパートであり、有名な焼肉のタレ「ジャン」を開発した人物でもある。本書では焼肉のルーツだとされる朝鮮半島や中央アジアの生活様式についても言及しながら、焼肉文化の広がりについて興味深い情報を次々紹介してくれる。

 ちなみに焼肉のタレ「ジャン」開発のきっかけは、一般家庭でも気軽に美味しい焼肉を楽しめるようにとの思いだったそうだ。広大なアジアの食文化に精通した人物があのタレをつくったのかと想像すると、一口ごとにより深い滋味がにじみ出そうだ。
 本書によると、焼肉を口にほおばったときに感じる「美味しさ」を決めるのは、まず肉の「テクスチャー」だという。次に、にじみ出て広がる肉汁が第2波となる。その重要な肉汁を左右するのが「焼肉のタレ」。『焼肉大学』のおかげで数段賢くなった気分になる。

 焼肉店でなじみ深いキムチ、ナムル、チヂミなど、焼肉以外のメニューについても食べる側の視点に立ってやさしく解説してくれる。

 本書の内容は、帯の文言にもある通り、まさに「焼く前の必修科目」。私はこの過程を無事履修したので、今日は早速美味しい焼肉を求めて実地研修に出たいと思う。
 焼肉店に行っても、あるいは自宅のホットプレートでも、鉄板や網の上には美味しい肉が並んでいるはずだ!

文=大庭 崇