こんな死に方あんまりだ…! 桶で蒸されたベートーヴェン、しゃっくりが止まらなかったナポレオン……

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公開日:2018/3/31

『偉人たちのあんまりな死に方 ツタンカーメンからアインシュタインまで』(ジョージア・ブラッグ:著、梶山あゆみ:訳/河出書房新社)

 愉快な本を読めば表情がほころび、悲しい物語には涙が落ちる。しかし絶えず「それは痛いだろう」「あまりにも気の毒だ」と顔をしかめてしまう、それなのになぜか時折クスッと笑ってしまう――こんな読書体験はめずらしい。“血なまぐさい話が苦手なら、この本を読んではいけない”という警告からはじまる『偉人たちのあんまりな死に方 ツタンカーメンからアインシュタインまで』(ジョージア・ブラッグ:著、梶山あゆみ:訳/河出書房新社)は、その名の通り偉人たちの死に方をつぶさに語った1冊だ。

 著者はアメリカで活躍する作家で、ヤングアダルト向け作品を中心に執筆している。訳者あとがきによると、本書は「子どもや若い世代にもっと歴史へ興味をもってほしい」という動機から出版されたが、偉人の死に方という奇抜な着眼点とユーモアたっぷりの語り口から、大人世代での人気も集めているという。

 本書に登場するのは、歴史の教科書にも載る偉人19名。いくつかのエピソードを紹介してみよう。

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◇ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 とんでもない最期が満載の本書でも、ベートーヴェンは一二を争う悲惨さだ。ベートーヴェンといえば、音楽史上もっとも重要な作曲家のひとりである。そんな彼は、人生最後の30年間つねに胃腸まわりのトラブルに悩まされていたという。亡くなった年、彼はまず肺炎にかかった。肺炎が治らないうちに胃腸の調子もさらにひどくなり、体外に排出すべき液体が体内にたまっていった。当時の医学では、液体を抜きさえすればよいと考えられていたため、体に穴があけられ管をさしこまれた。それでも腹部はどんどんふくれていく。医師は蒸し風呂で汗をかかせようという発想から、桶に湯をはりベートーヴェンをいれ、首から下をまるごとシーツで覆った。結果、ベートーヴェンの体は“飛行船のようにふくらみ”しばらくして息をひきとった。

◇ナポレオン・ボナパルト

 フランス革命を収束させ、ヨーロッパ大陸の多くを支配下においた皇帝ナポレオン。馬にまたがり腕を高くあげる、勇壮な肖像画を思いだす人も多いだろう。ナポレオンが二度目の島流しでセントヘレナ島に送られたさい、何日もとまらないしゃっくりや、刺すような胃痛に襲われていたという。お付きの医師が用いた薬は、ナポレオンの胃腸に爆弾をもたらした。著者によると“おかげでナポレオンの後方からは、これぞ新手の「後方からの奇襲」といいたくなるようなもの”、そして前方からは嘔吐が襲った。さらに目を覆いたくなるような処置(当時は大真面目だ)がつづき、ナポレオンは発狂したように笑い、黒いものを吐き出し、水ぶくれを発生させ、白目をむいて亡くなったそうだ。

 病の症状もつらいが、それよりつらいのが当時の治療法である。もし自分が同じ目に遭ったらと想像すると、ぞっとしてしまう。しかし著者は“昔の人はたしかにずいぶんおかしなことをした”と述べる一方で、現代に生まれてよかったと考える読者に対し、未来の人たちがこの現代をふりかえったら「一体あいつらは何を考えていたんだ?」と呆れるかもしれないと指摘する。だから自分を、世界を、すべての人を大事にしておくにこしたことはないのだ、と。

 教科書からはうかがい知れない、偉人たちの個性に触れられる点も本書の魅力だ。たとえば『クリスマス・キャロル』や『オリバー・ツイスト』などで知られるチャールズ・ディケンズは“まれに見る才能の持ち主でありながら、気分屋で不潔恐怖症で、病的に支配欲が強い”と評されている。また進化論の提唱者チャールズ・ダーウィンは“心優しい男だが心配性で、しばしば嘔吐し、怖くて自宅から出られな”かったという。また過酷な状況のなか、死の間際までライフワークに打ち込んだ偉人たちの姿勢には強く心を打たれる。

 偉人が後世に知られるのは、生前の偉業ゆえである。しかし彼らもひとりの人間であり、日々を生き、そして亡くなった。たしかに血なまぐさく悲惨なエピソードが満載だが、教科書や偉人伝とは異なる角度から、より“人”らしい彼らを知ることができるだろう。同時に、本書はあくまで著者なりの角度から執筆されたともいえる。偉人ひとりひとりの生涯について、本書をきっかけに調べていくことで、より豊かな知見を得ることができるだろう。学生時代にこの本と出会えていればもっと世界史を好きになれたのになあ、とつくづく思ってしまう。

文=市村しるこ