“加害者”にされたら最後。「痴漢冤罪」裏ビジネスの実態

文芸・カルチャー

2018/3/30

『痴漢冤罪』(新堂冬樹/祥伝社)

「この人、痴漢です」

 電車内で、こんな女性の叫び声を聞いたことがあるだろうか?

 もちろん痴漢行為があれば償わなければならないが、「潔白なら大丈夫!」とタカをくくっていたら、そんなにすんなりとはいかない。“加害者”にされたら、最後なのだ。

 もし潔白であっても、証明するのはほぼ困難。警察に拘留されると、まず基本的には、被疑者の女性が嘘を吐くはずがない、との前提で取り調べが始まる。否認や黙秘を続けた場合、自供まで徹底的に追い込まれる。さらに重ねて否認すれば、悲惨な状況の留置場での拘束が続く……という屈辱を味わうことになる。さらに、日本の刑事裁判における有罪率はかなり高い。

 裁判で身の潔白を証明しようにも、無罪になる可能性が低い人間を雇い続けるリスクを考えると、会社から解雇されるのは必至。「罪を認めれば略式起訴で即日釈放する」と検事に持ちかけられると、誰にもバレずに帰れるならと、やってもいない痴漢の加害者になる人もいるらしい。まさに「痴漢冤罪」である……ここまでは、脅し文句。事実に基づくのだろうが、真偽ははっきりしない。

 しかし、一つだけ、警察に行かなくてもいい方法「被疑者との示談」を、たまたまその場に居合わせた弁護士に持ち出されたら、飛びつくのも納得。言っておくが、ここからはフィクション! その弁護士が、「カモが引っ掛かった」と裏でほくそ笑んでいたら……。本書『痴漢冤罪』(新堂冬樹/祥伝社)は月刊『小説NON』で2015年11月号から2017年10月号まで連載されたものに加筆修正した小説である。

 弁護士の木塚は女子高生らとともに裏稼業に手を染めていた。満員電車の車内で痴漢冤罪をでっち上げ、偶然を装った木塚が介入。警察を通さずに、そのまま近所のカフェなどに誘導。何の罪もない男たちから示談金を搾り取るのだ。

 電車内で痴漢されたと装う女性役、それを見ていたと虚言する監視役、弁護士の三者が標的を見極め、組織的に、効率よく罠にはめる……という構造。そのために女性を用意し、練習場所まである。

 ある日、ターゲットになったのは、電車に乗っている若手イケメン俳優の松岡秀太。映画やドラマ、コマーシャルに引っ張りだこの松岡からなら、5000万円は取れるはず――だが罠にはめた松岡の事務所の社長・吉原は、闇社会とのつながりもささやかれる、いわくつきの男だった。取るか取られるか、抱えている秘密が暴かれるなど、木塚と吉原の死闘は二転三転。まさにエンターテインメント小説の真髄を感じることができる。

 ちなみに、作中における「極上のカモ」を見極める「三か条」は、

指輪を見極める
靴を見極める
腕時計を見極める

 だそうである。

 既婚者は、妻子にバレたらまずくて言いなりになりやすい(ので選ぶ)。貧乏人は靴や時計にまでお金をかける余裕がないので、サラ金を駆けずり回って100万円集めるのが関の山(なので選ばない)。高級品の靴や時計を身につけている人を選ぶようにする、とのこと。フィクションとはわかってはいても、一理ある。ご参考までに。

 作者の新堂冬樹さんは、大阪府出身。オフィシャルブログ「白と黒」を開設している。かなり以前に、TBS『サンデー・ジャポン』にコメンテーターとして出演していたのを見たことがあるが、Vシネマ出演俳優と見まがう雰囲気で、真っ黒に日焼けした顔が印象的だった。現在も全体の容姿は変わらないようだ。1998年、『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞(講談社主催/エンターテインメント小説新人賞)を受賞して、小説家デビュー。コンサルタント業務のかたわら、純愛小説と「闇社会」が舞台の暗黒小説を書き分け(ブログのタイトルの由来と思われる)、独自のスタイルで支持を集めている。芸能プロダクション経営や映画監督などをつとめるなど、多方面でも活動している。

 現実の世界で、組織的に人を罠にはめる、でっち上げの「痴漢冤罪」があるかはわからないが、ありえない話ではない。特に男性諸君、電車に乗るときには、心して乗ろう!!

文=久松有紗子