濡れ場は十分堪能できるが、江戸時代末期、京の町を舞台に主人公たちがどう生き抜くのかも気になる官能小説

文芸・カルチャー

2018/4/7

『色仏』(花房観音/文藝春秋)

 事滋賀県の琵琶湖近辺には美しい仏像が存在する。正確な製作年や作者は不明だが、地元の人々は大切にしてきた。戦国時代に織田信長が浅井長政や朝倉義景と戦ったとき、戦火から逃れるために村人たちは像を土に埋めていたと伝わっている。像は布でぐるぐる巻きにされて土中に埋められ、「埋伏之地」(像を埋めていた場所)まで残っているものもある。琵琶湖の北端で若狭(現・福井県)に近い、いわゆる北近江地域には現在でも春と秋の「観音の里めぐり」ツアーや「観音検定」まで存在するほどだ。

『色仏』(文藝春秋)の著者・花房観音さんは、1971年、兵庫県生まれ。京都女子大学中退後、映画会社、旅行会社など様々な職を経て、2010年、団鬼六大賞を受賞し小説家デビュー。京都を舞台とした官能小説やホラー小説を主に執筆している。ちなみに、団鬼六さん(1931-2011)は官能小説の第一人者として著名。ピンク映画を製作し、日活ロマンポルノのSM映画の原作者としても活躍した。花房さんは団さんの後継者のひとりともいえる。

 主人公・烏は北近江で育った。山と畑と湖に寺が散在するこの地域のある寺「月無寺」(これは架空)の軒下に捨てられていた孤児である。いつしか、黒々とした髪の様子から「カラス」と呼ばれるようになった。時は江戸時代末期。これは著者初の官能時代小説でもある。

 月無寺にはひときわ信仰を集める十一面観音像があった。肩から腕、腰、脚にかけての線が静かな波のように優雅な曲線を描いており、肉のまろみを感じさせ、一歩踏み出すように腰をねじっている姿が色っぽい。観音様に性別はないらしいが、誰もが「女性」だと思っていた。

 烏は子供がいなかった住職に育てられ、跡継ぎの僧侶になるべく、京の寺へ預けられる。しかし、淫乱女・真砂の背中になまめかしい故郷の十一面観音のいれずみを見てから、自らの手で観音像を作りたい衝動がとどめられなくなり、仏道を捨て、真砂の茶屋の裏手の長屋に移り住む。生活のため、生身の女の秘部をさらした姿を克明な絵に写し取り「人形」を作る、ヤミの仕事に携わることになる。現代で言えば「エロフィギュア製作者」だろう。烏はさんざん女の姿は見ており女に欲情しないわけではないが、美しくなまめかしい月無寺の観音像にあこがれるあまり、なんと物語の中では最後まで童貞!で、男と女の営みの果ては「見る」のみである。

 本書では、烏の「人形」製作のモデルとなった女たちが、姫仏・母仏・恋仏・鬼仏・女仏・生仏と称され、それぞれの章で描かれる。徳川家への輿入れも画策されたほどの高貴な姫君、会って驚いた幼なじみ、見事な桜吹雪のいれずみを背に持つ女、そして長屋の主で観音像のいれずみを背に持つ女・真砂などである。物語には、エロフィギュアのモデルを毎回仲介する猿吉、いれずみを彫った沙那丸などの男も登場する。何故かみんな色欲旺盛……まあ、人間はもともとそういう業を持つものなのだろうが……。

 観音像が頭にいただく十一面には、「暴悪大笑面」という、怒っているのか笑っているのかわからない顔がある。悪にまみれた衆生の愚かさを、大口を開けて笑い戒めている表情だともいわれる。真砂は観音像を見て、他の綺麗な顔よりもこのこわい顔に惹かれるという。観音様は彼らを見て「アホか!」と笑うかもしれないが、それ以上にたくましい生きざまも見るだろう。

 江戸時代末期、黒船が来航して徳川将軍の治世がゆらぎ、不穏な空気が覆いつつある京の町を、烏たちはどう生き抜くのか? 基本は官能小説で濡れ場は十分堪能できるが、時代小説としても主人公たちの今後が気になる小説だ。

文=久松有紗子