「妻や母である前に私は私」自分の生き方が分からない現代女子に贈りたい石垣りん詩集
公開日:2018/4/8
戦争を乗り越え、義理の両親のために懸命に働いた石垣りん氏。彼女の詩は力強く、現代の女性たちに深く突き刺さる。『石垣りん詩集(岩波文庫)』(伊藤比呂美:編/岩波書店)の中でも特に、女性の心に染みる詩をいくつかご紹介したい。
■妻でも母でもない私
妻や母として生きていると、自分自身のことを忘れてしまうことはないだろうか。そんなときに思い出してほしいのが石垣氏の代表作でもある「表札」だ。
自分の住むところには 自分で表札を出すにかぎる。自分の寝泊りする場所に 他人がかけてくれる表札は いつもろくなことはない。病院へ入院したら 病室の名札には石垣りん様と 様がついた。旅館に泊っても 部屋の外に名前は出ないが やがて焼場の鑵にはいると とじた扉の上に 石垣りん殿と札が下がるだろう そのとき私がこばめるか? 様も 殿も 付いてはいけない。自分の住む所には 自分の手で表札をかけるに限る。 精神の在り場所も ハタから表札をかけられてはならない 石垣りん それでよい。
初めてこの詩を見たとき、筆者は衝撃を受けた。自分という存在を世界で一番知らないのは自分自身だ。しかし、自分の根は自分の手できちんと張って生きていかなければならない。現代女性は妻や○○ちゃんのママといった表札をかけられることも多く、自分が誰で何をしたいのかも分からなくなってしまう人も多い。
だからこそ、「私は私であればいい」と言い切れる強さが必要だ。自分の表札を自分の手でかけることができれば、肩書にとらわれない生き方ができる。何者でもない自分をもっと楽しんでもいい。そんなメッセージを石垣氏の詩からは感じ取ることができるのだ。
■働く女性の心に染みる詩
社会に出ると、納得できないことや心が折れてしまうことがたくさんある。そんなときに染みるのが「定年」という詩だ。この詩の一節にある「たしかにはいった時から相手は会社、だった。 人間なんていやしなかった」という言葉は、定年世代以外の心にも突き刺さるのではないだろうか。
会社で同じような毎日を繰り返していると、まるで自分が機械になってしまったかのように感じられることがある。しかし、私たちは心を持った人間なのだ、生身だからこそ、働くときは会社の向こう側にいる人間を相手に戦わなければならない。会社は業務的な言葉でしか訴えかけてこないが、私たちは人間の言葉で会社の奥にいる相手と話すことができる。職場の中には気が合わない人や嫌な人もいるかもしれない。しかし、そんなときこそ、この詩を思い出して、人間の言葉で苦手な相手とも会話をしてみる努力が必要だ。単調な毎日や憂鬱業務時間は心のこもった会話で変えることもできるのだ。
■娘に伝えたい命の詩
近年は食育という言葉も流行っているが、本当の意味での食育とはなにかを気づかせてくれるのが本書内にある「儀式」という詩だ。この詩には母親が娘に教えるべき命の大切さが盛り込まれている。中でも筆者が好きなのは「その骨の手ごたえを 血のぬめりを 成長した女に伝えるのが母の役目だ。パッケージされた肉の片々を材料と呼び 料理は愛情です、などと優しく諭す前に。」という一節だ。
食卓は命を頂く場だが、本当の意味でこれを伝えるには綺麗事だけでは足りない。真の食育は、命の尊さを教えるところにあるのではないだろうか。現代は共働き家庭も多いため、母親の料理姿を子どもに見せる機会も減っているように思う。出来合いの惣菜はたしかに楽で便利だ。しかし、こんな殺伐とした時代だからこそ、大切な子どもに食や命の大切さを教えるには親子でキッチンに立つ時間を設けてみることも必要なのかもしれない。
石垣氏の詩には、自身の名前が登場することも多い。
それは、女性である前にひとりの人間として生きようとした石垣氏の意志の表れのようにも思える。
厳しくも優しい詩の数々には、生き方に悩んだときにそっと背中を押してくれる力強さが秘められている。
文=古川諭香
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